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 さて、(おそらく)「下宿人」の出入りを確認するためのブザーをつけたりすることも関係あると思うのだが、O氏は、下宿人に対して、単なる賃貸契約者と貸し主、という関係ではなく、「一つ屋根の下」に住む一種の家族としての関係を持ちたい、と思っていたようだった。下宿人は学生が多かったので、「ご子息をお預かりしているので親御さんに責任がある」というような意識もあったようだ。といっても、O荘の場合、賄い付き、門限付*1、というような、はっきりとそういう性格を持った「寮」的な下宿*2だったわけではなかった。というわけで、「下宿人は家族である」というO氏の気持ちだけが空回りしている面がややあった。
 そうした「家族意識」のおかげで、O氏は、「下宿人」のプライバシーという考え方をまったく持っていなかった。例えば、帰宅すると、部屋の真ん中に、O氏が書いたメモが置いてあることがよくあった。それはたいていは、毎月配られる、(水道代や電気代を精算した)その月の家賃請求書なのだが。とにかくO氏は、下宿人が不在の場合でも、大家には、まったく断りなく自由に(合い鍵を使って)部屋に入る権限がある、と思っているようだった。そのために起こった事件については後で書くことにする。
 もう一つ、O氏の「家族意識」のために大変困ったことがあった。それは、電話である。O荘の各部屋には、電話がなかった(もちろん、当時は携帯電話など存在しなかったわけだが、学生のアパートでも、各部屋に電話があること自体はそんなに珍しくはなかったと思う)。というわけで、電話をかけるときは、近くの電話ボックスに行っていた(テレホンカードはあった)。当時は電話ボックスで長電話する、ということもあった。で、電話を受けたい時はどうするかというと、大家さんが取り次いでくれる、ことになっていた。こうしたことが不便だったので、O荘に住み始めてから何年かしたころだったと思うが、O氏に、部屋に電話を付けさせてくれないか、と交渉したことがある。答えは、「ダメ」だった。理由を聞くと、延々と説明してくれたのだが、要するに、「下宿というのは、家族のようなものであって、各部屋に電話をつけるなどというそんな他人行儀なことをするのは、良くない。電話で連絡が必要な時は、きちんと取り次ぎをしますから」と言うようなことだった。O氏は、「親代わり」と言う意識をもっていたのは確かだと思うが、どうも実際は、この電話の件にしても、電話線を引く工事とか、色々めんどくさいから、という面も多分にあったのではないかと思うのだが……。で、「きちんと取り次ぎしますから」のことなのだが、これがまた……。というわけで次はそれについて書く。

*1:そういえば、今思い出したけどO荘も形だけの門限というのが一応あったような気がする。誰も守ってなかったけど。

*2:そういうところもいくらもあった。