マニュアルの注意書きにはこうあります。
この特殊なジェルには、アリたちが生きていく上で必要な水分がたっぷり含まれていますので、温度が上昇すると水分が気化して水滴がたくさん付くことがあります。アリたちがその水滴によって溺れてしまうことがありますので、水滴が増えたと感じた時は、綿棒などで水分をふきとってください。
たしかに、買ったときから、ケースの壁面などに、かすかに、結露のように水滴がついていました。しかし、いくらアリでも、こんなもんに溺れるって、アリ得ないだろう……いや、たしかにアリス*1は自分の流した涙に溺れそうになったわけだが……などと思っていたのです。……が！！！今朝起きてアントクアリウムを見ると、大変なことが！ケースの底面に沿って水平に掘られていたトンネルに水がたまって、ふさがっているのです（右の写真の点線の部分）。ちょうどストローなど毛細管中の液体のような状態で、水の両側は表面張力で凹面になっています。たぶん、昨日の台風で湿度と温度が高くなったのが原因でしょう。しかも！です。なんと、その水がたまった部分に一匹のアリが体を半分突っ込んでいるではアーリませんか！みたところ、じっとして、動く様子がまったくありません。坑内出水事故でついに死者です*2。そうか、マニュアルが言っていた「溺れる」て、これのことだったのか。確かにこれは、ニューオーリンズです。いやデキシーです。しかし、遺体を回収するにしても（死体はカビの原因になったりするようなので、ピンセットなどで外に出したほうがいいらしい）一番奥のトンネルにいるのでどうしようもありません。困ったなあ、と、とりあえずケースをそっと９０度傾けて、なんとか水滴を移動させようとしました。が、それこそ表面張力のなせるわざで*3液柱は重力にさからっていっこうに移動しません。それでもずっと傾けていると、なんとかじわじわと液体が移動しはじめ、溺れたアリの体が水から出ました。しかし、相変わらずアリス*4は全く動きません。「こりゃあやっぱりだめだな、かわいそうに」……と思っていたら、なんと！しばらくすると、死んだと思っていたアリスの触角がピクピク動きはじめ、さらにしばらくすると、なにごともなかったかのようにひょこひょこ歩きはじめたのです。さすがに、下等生物だけあってすばらしい生命力です*5。ともかく、ホッとしました。まったく人騒がせな娘です。しかし、水がこのままでは、何かのきっかけでまた誰かが溺れるかもしれないし……そう思って見ていると、さっきアリス*6が溺れた事故現場に、再びアリス*7が戻ってきました。彼女は、行く手をはばむ水の壁をしきりと触角で確かめています。「行き止まりなんで、困ってる、困ってる。」と思って、どうするか見ていると、なんと、アリス*8は、いきなり水の壁に思いっきり頭をツッコミ、一瞬じたばたしたあと、また動かなくなったのですΣ（゜□゜； 思わず「あーッ！バカッ！」と叫んでしまいましたが、あわててまたケースを傾け、さっきの救出作業の繰り返しです……。忘れていました。彼女らの辞書に「学習」という文字はないのでした。ていうか、バカです。あまりにも。
……いや、待てよ……とここで私はふと思ったのです。彼女はバカだから同じ事を繰り返したのか？いやむしろ、あえて自ら水中に身を投げたのではないか？つまりこれは高等生物のみが行う、あの、自殺、というやつではないのか？だとすると、考えられる原因は一つです。このアントクアリウムの閉鎖空間の中に女王アリはいないのですから、彼女ら働きアリの労働は、実はまったく無意味な労働です。いくら穴を掘ったって、子育てをするわけでも、食べ物を貯蔵するわけでもない。ジェルそのものが食べ物なんだから、そもそもあのような深い穴を掘る必要がまったくない。つまり、せっせとジェルのかけらを運び出す作業は、まったく無意味なシジフォス的労働なのです。その意味で、最初から決して働こうとせずじっとしている怠けアリ、アリ子*9は、まったく賢明であるともいえる。それはともかく、このような無意味な作業を毎日毎日続けていれば、自殺の衝動が生じるのもまったく不自然なことではありません。
いや、しかし、そのためには、彼女らが、例の「自己意識」とやらを持っている、ということが大前提となります。そうか、アリたちは、この閉鎖空間の中で自己意識に目覚め、そして自殺したのだ。「新しいアリ」が生まれたのだ。そう思ってみると、このケースの形、モノリスのようではアリませんか。そういえば、「われ思う、故にわれ蟻」と言ったのは、蟻巣トテレス、ではなくてデカルト大先生です。これをフランス語では、「ジュ・パンス・ドンク・入水（ジュスイ）」と、言います。で、フランス語で、自殺の事を「水死ード」といいます。ちゃんちゃん。
……ていうか長っ！そのわりにつまらなくてごめんなさい。水に頭つっこんで逝ってきます。
