フランスに行ったら、せっかくだからフランスのジャズクラブでジャムセッションに参加してみたい、と思っていました。ご存じない方ために説明しますと、「ジャムセッション」（単に「セッション」と言われることもある）とは、ミュージシャンが集まって、観客に聴かせるためというより、主に自分たちで楽しんだり、練習したりするために演奏することで、日本では、ジャズクラブなどで、アマチュアミュージシャンのために定期的に催しとして行われることも多いです。参加費を払えば（ある程度楽器ができてジャズ演奏の「作法」を知っていることは要求されますが）誰でも参加できます。その事情はフランスでも同じであろう、と想定して、パリに滞在中のある日、セッションに行ってみることにしました。
さしあたり、有名な情報誌である『パリスコープ』と、ジャズの雑誌*1を買ってきました。いくつかの店でジャムセッションは開催されているようでしたが、ほとんどが夜10時スタートでした。ホテルに帰るのがあまり遅くなるのもちょっと不安だったので、もうちょっと早くスタートする店はないかな、と探してみると、一軒だけ、夜6時スタートでジャムセッションをやる店がありました。20区にある店（たぶんJawad K. feという店*2）で、とにかくそこに行ってみることにしました。6時から、ではあったのですが、遅くなってしまい、店についたのは7時ごろでした。でもまだあたりは明るかったです。店は小さくて、店名もそうですが、ジャズクラブぽい雰囲気はあまりなかったです。扉のガラスごしに店内を覗いてみると、セッションをやっている気配がないどころか、お客さんがいる気配すらない。おそるおそる中に入って、店員にセッションあるかと聞いてみると、「8時から」だ、と言うのです*3。たぶん6時からという告知がもともといいかげんだったのでしょう。ありそうなことです。そう思った私は、迷ったのですが、「今7時、あと一時間なら店で待っていよう」と決め、客が誰もいない店内のテーブル席に一人で座り、ビールを注文しました*4。
さて、ここでややこしい事情がありまして、実はその日からフランスはサマータイムがはじまっていたのです。というわけで、前日に比べて時間が一時間早くなるのです。そのことは知ってはいたのですが、私はすっかり忘れていました。だから、私は「7時」に店についた、と思っていたのですが、本当はそのとき「8時」だったのですね。つまり、パリスコープに書いてあった開始時間からはすでに2時間が過ぎており、店員の言った時間にももうなっていたわけです。ところが、客が誰もいない。
うすぐらい店内には一応ジャズのＢＧＭが大音量でかかっていました。店員は二人いました。４０ぐらいに見える男性と、もうちょっと若そうなのが一人。店員は私にビールを持ってくると、あとは私のことなどまったく無視です。で、何をやっているかというと、カウンターのテーブルで、二人でカードゲームをずっとやっているのです。えらく盛り上がっています。私はしかたなく本など読んでセッションがはじまるのを待っていました。
しばらくすると、突然、店内の照明が消えて音楽が止まりました。どうやらブレーカーが落ちたようです。が、店員二人は、カードゲームの手を止めてきょろきょろしているだけで何もしません。すると、店の奥から、ひげもじゃで眼光鋭い、セロニアス・モンクみたいな爺さんが「メルドゥ！*5」といいながらよろよろ出てきました。この人は店主なのでしょうか？ 爺さんはブレーカーを上げると、また店の奥に戻っていきました。爺さんが作業する間、二人の店員はまったく知らん顔です。で、照明がもどると、また「コンビアン？*6」といって嬉々としてカードゲームを再開します。……ところが、10分ぐらいすると、またもやブレーカーが落ちるのです。そしてまたモンク爺さんが「メルドゥ！」と出てきてブレーカーを上げます。今度は爺さんは、店員二人になにやら早口でまくし立てて文句を言っています。しかしその間当の店員は、無表情で爺さんを見ているだけで、何も言いません。爺さんが奥に戻っていくと、肩をすくめて、また「コンビアン？」です。
それにしても、二人ともまあよく飽きもせずカードゲームをやっているもんです。私が来る前からやっていたので、もう何時間も、仕事もせずにずーっとやっているのです。（続く）
