『文学的商品学』の商品学

現在あることの締め切りがきわめて間近に迫っているのですが、まさに「マヂか!」ていう感じです。やばいです(コレハ逃避的エントリーデス)。
本屋の新刊コーナーに、斎藤美奈子氏の『文学的商品学』という文庫本がありました。同名の単行本の文庫化らしいです。

文学的商品学 (文春文庫)

文学的商品学 (文春文庫)

この本は

商品情報を読むように、小説を読んでみよう。文学の面白さはストーリーや 登場人物の魅力だけではない。作品に登場するモノやその描写を見ていくと、思いもかけなかった読み方ができることに気づくだろう。ファッション,風 俗,ホテル,バンド,食べ物,そして「貧乏」。9つのテーマをめぐって,村上春樹から渡辺淳一まで読みくらべる,痛快無比の文芸評論。

ということで、いわば、小説の「小道具」であるさまざまなアイテム(商品)に着目した斎藤氏らしい切り口の「文学評論」です。
で、中身について興味がある方は、お買い求めになるか、立ち読みしていただくことにして……今回ネタにさせていただくのはこの本の装丁についてです。
上に出ている(はずの)書影からわかるように、大久保明子氏によるこの本の装丁は、バーコードをコンセプトにしたなかなかしゃれたものです。なぜバーコードか、というのは、言うまでもなく、この本が「商品学」というタイトルだからです。現在、ほとんどすべての商品にバーコードがついているわけであり、バーコードは、「商品」の記号としてまったくもってぴったりのアイテムなわけです。
ちなみに、単行本の方の装丁はこうなっています。

文学的商品学

文学的商品学

こちらのほうは、バーコードではなく、商品についている「タグ」がコンセプトになっています。
さて、文庫本の方にもどりますが、本屋でこの本を手に取り、まず目次を開いてみたわけですが、これがまた同じくバーコードをコンセプトにしたなかなか凝ったものです。

*1で、これをジーっと見ていたのですが、何かお気づきのことはありますでしょうか。



はい、そうです。この第1章と第2章についている二つの「バーコード」、まったく同じなのであります。この本は第9章まであるのですが、全部同じです(さらに、各章の扉にも「バーコード」がついているのですが、これも目次のところにあるのと同じ「バーコード」です)。
これ、すごく細かいことなんですが、ちょっと惜しいな、と思いました。たとえば、各章についているバーコードを読み取ると、そのページ数になっている、とかであれば、もっと凝っているのに、全部同じ、ということは、そういう仕掛けはしていないことがわかります。
まあ、装丁のデザインはページ数が決まる前に作らなくてはいけないのかもしれず、そこまで凝るのはいろいろ面倒なのかもしれません。
しかし、そこで、急に気になってきたのです。そもそも、この目次や章扉についている「バーコード」、バーコードリーダーで読んだらどうなるのかな?と。



はい。というわけで、バーコードリーダーで読んでみました。
ちょっとこの展開を予想しなかった人もいると思います。ていうかバーコードリーダーどこにあったんだよ、と。実は私はバーコードリーダーを持っているのです。なぜかって?出席の管理をするため(学生証のバーコードを読む)です。ええ。とんだ管理教育の尖兵でございます。はい。*2
さて、では結果は、というと……読めませんでした。
薄い印刷になっているからかと思って、上の画像を画質調整で黒くして印刷し、そっちも読んでみましたが、だめでした。
つまり、この本の装丁に使われている「バーコード」は、装丁の小道具として使われた、単なる「バーコードっぽいもの」でしかないようです。
ちょっとだけ、読んでみたら3110375(サイトーミナコ)とか出てくるんじゃないか、と期待したのですが、そこまでのリアリティーは追求してはいなかったようです。
ところで、漫画に出てくるアイテムって、細部はかなりいい加減だったりしますよね。特に昔の漫画。たとえば楽器とか、ギターの弦が3本になってたりとか、ピアノの鍵盤がおかしかったりとか。それは、デフォルメのために、実際と違うとわかっててそうしている場合と、細部を知らないので適当に想像で書いている場合の、両方があると思います。でも、昔はわりとそのへんおおらかで、「だいたいそれっぽく見えればいい」みたいな感じがあったような気がします。特に楽器なんか、演奏者でないかぎり細部はよく知らない人が多いわけで、それでもまあいいっていえばいいわけです。*3
この『文学的商品学』の第2章は、小説の場合について、まさにその辺のところを話題にしています。渡辺淳一を例にとって、彼の小説におけるファッションの描写がいかに変か、というのをからかっています*4。この場合、渡辺先生は、ファッションについて自分と同程度細部を知らないオッサンしか読者として想定していないことを明らかにしてしまっているわけです。
で、この本の装丁に使われているバーコードはどうかっていうと、楽器やファッション以上に、細部についての知識がある人はごく少数ですよね。私も、実際バーコードリーダーで読み取ってみるまではこれが本当のバーコードなのかどうかわからなかったわけですし(ていうか実際読み取ってみる人も普通いないだろう)。
しかし、そうは言っても、世の中には、バーコードに詳しい人、というのだっているわけです。バーコードの開発をしている人とか。そういう人は、『文学的商品学』の目次を一目見て、「あ、これはニセモノだ」ってわかるわけですよね。そういう人がいるかどうかわかりませんが、いたら面白いですね。
まあいずれにせよ、装丁をした大久保さんは(また著者の斎藤さんも)、この本の読者として、バーコードに異様に詳しい人のことは想定していなかった、ということになりますね。
追記:バーコードの仕組みについて説明してあるサイトをいくつか覗いてみましたが……詳しいことは、むつかしくて私にはわかりませんでした。しかし、日本における商品についているバーコードがJANコードという規格にしたがったものらしいことがわかりました。で、このJANコードは、(スタートバーとストップバーというらしいのですが)バーコードのはじまりと終わりを示すために、左端と右端は、2本の細線になっているようです(手近にあるいろいろな商品のバーコードを見てみると、すべてそうなっています)。
というわけで、『文学的商品学』の目次のバーコードが少なくともJANコードにしたがったものではないことは、今の私なら、ぱっと見てわかりますね!すごい。バーコードにちょっと詳しくなってしまった。そんなヒマまったくないというのに。
あと、私が持っているのはたぶんこれです。6千円ぐらい。やる気がある人は(私はない!)それ用のフリーソフトとかあるみたいだし、蔵書管理とかに使ってみてはいかがでしょうか。

*1:後で書くように、上の画像は買ってきてスキャナーでスキャンしたのであって、写メしたわけではありません。

*2:ネットで探して自腹で買ったんですよ。USB接続で簡単に使えます。

*3:もっとも最近の漫画は、劇画にかぎらず、よく資料にあたって細部までリアルに書いてあることが多いような気がしますが。

*4:斉藤さんによると、風俗小説の場合、現代の方が風俗描写のスキルが落ちている傾向がややあるようです。