無制限?

 アンテナに入れて読んでいる法政大学の鈴木晶氏の日記の、9月21日の回で、都立大学のことが書かれています。
http://www.shosbar.com/diary/2004/diary0409.html
 ここで「ひどい記事」とされている朝日の記事は、こちらです。
http://www.asahi.com/national/update/0921/016.html

 さて件の記事であるが、見出しは「廃止予定の都立大/コピー一人1000枚/購読1紙限定/研究費削減 節約で対抗」。
 写真が添えてあって、それを見ると、コピー機の前に「1000枚で使用中止です」という張り紙がある。どうやら朝日の記者には、これが「ひどい、許せない」ことらしい。全文がそういう調子で書かれている。
 しかし、コピー枚数に制限あるなんて、私立大学では常識である。少なくとも法政大学では、かなり前からひとり1000枚の制限がある。たぶん都立大学では無制限に使えたのであろう。
 記事の一節にいわく、「前期、300人近い学生が集まる講義を担当したある教授の場合、これまで3回資料を配り、すでに計941枚。『このままでは後期の授業ができない』。16日の教授会でそんな声が出た」。
 記者は憤慨しているらしい。私は石原知事が推進する「首都大学東京」に対してなんのシンパシーもないし、たぶんひどい大学になるだろうなあという予感はあるが(都立大学内部のごたごたについては、高山宏大先生からさんざん聞かされている)、それでも、これまでの都立大学が部分的に「腐っていた」ことは事実のようである。
 上の記事に戻ると、300枚もの資料をコピーで作るなんて、うちの大学では考えられない。10枚以上コピーすることはかたく禁じられている。それ以上の枚数になる場合は、リソグラフ(簡易印刷機。昔の言葉でいえば輪転機ガリ版が進化したような機械)を使わなくてはならない。しかも裏表両面刷りを義務づけられている。300枚もコピーして配るなんて、どう考えても非常識である。
 朝日の論調は、「好きなだけコピーができないなんて、弾圧だ。許せない」というものである。これって、大学の常識を知らなすぎるのではあるまいか。

 私は、かつて都立大学で助手をやっていて、現在も都立大学に非常勤で行っています。また、この日記でも書いているように、石原知事の「改革」には反対の立場です。が、だからといってなんでもかんでも都立大の肩を持つつもりもありませんし、鈴木氏の言うように、「これまでの都立大学が部分的に「腐っていた」」というのは、たしかにそうした面は大いにあったと思います。また、朝日の記事がいい記事ではないことも確かだと思います。ただ、件の記事にあるコピー枚数の件ですが、いくら「腐った」都立大学でも(笑)、300枚のコピーが非常識だという感覚は、大部分の教員が持っているのではないかと思うのですが……。この記事のケースは経済学部らしく、経済学部の詳しい事情を私はほとんど知りませんが、たとえば、私が授業をしている教養棟の場合、教養棟の印刷室にはコピー機とともにリソグラフが設置してあり、印刷室には、ある枚数以上を印刷する場合は必ずリソグラフを使うこと、という注意書きが、かなり目立つ形で貼ってあります。ただ、その制限枚数は、たしか20枚で、たしかに法政大学よりは制限は緩いかもしれませんが……。しかし、300人近い学生が集まる講義は教養棟でしかできないように思うのですが、この教授は教養棟の印刷室を使わず学科のコピー機を使っていたということなのでしょうか。しかしそもそも、ある程度の枚数になれば、コピー機では印刷時間がかかってしまうわけで、また最近のリソグラフは画質が非常にいいし、速いし、300枚をコピー機で刷るメリットは何もないと思うのですが……。もしこの記事に書かれていることが事実だとすると、ちょっと不可解です。今気が付いたのだけど、この朝日の写真だけ見ると、これはコピー機なのかリソグラフなのかわかりません。とすると、推測ですが、朝日の記者がコピー機リソグラフの違いを知らず、リソグラフのことを「コピー機」と書いてしまった可能性もなくはないと思います*1
 また、学科のコピー機にしても、すくなくとも私が助手をしていた人文学部でいえば「無制限に使えた」などということは決してありませんでした(経済も同じだと思いますが)。たしかに一人何枚という制限はなかったかもしれませんが、学科全体としては予算の制限を受けるので、コピー費をいかに抑えるかと言うことは学科としていつも悩みのたねでした。
 もちろん、全体として、これまでの都立大に、いろいろな面で無駄があり、問題があった、ということはあるのかもしれませんが、すくなくとも、都立大学全体で、コピー無制限の非常識がまかり通っていた、ということは決してないと思います。私は私立大学も含め、あちこちの大学で授業をしていますが、とくに都立大のコピー事情がひどい、とは思わないのですが(むしろ、都立大の印刷用再生紙は、他の大学に比べてかなり質が悪いという印象があります(笑)。かなり安いやつを使っているのではないかと)。
 しかし、そもそも今回の石原「改革」の問題点は、「無駄を削る」というところと関係ないところにあります。そもそも、(無駄を削ることを含めて)大学と都がすでに進めていた改革を、石原がいきなりひっくり返して無茶苦茶なことをやりだした、というのが今回の問題です。というわけで、鈴木氏の文章、また朝日の記事を読んで、「そうか、都立はそんなにデタラメだったのか、じゃあ、石原の改革もちょっと強引かもしれないけど仕方ないな」と思う人がいるかもしれない、と思ったので、これを書きました。

*1:もしそうだとすると、たしかにひどいけど。