著者の野崎泰伸さんから『「できなさ」からはじまる倫理学』(大月書店、2026年)をいただきました。
野崎さんの担当する大学院の授業の教科書として作られた本ですが、高校生以上を対象として書かれているので、とてもわかりやすく倫理学について学ぶことができる本になっています。
さて、タイトルにある「できなさ」について野崎さんはこう書いています。
「できなさ」は、多くの場合「欠けているもの」として語られます。何かが不足している、他の人にはあるのに自分にはない、そうした比較の視線が、「できなさ」を劣ったものとして固定化していきます。学校の成績、就職活動の結果、日常生活での手際のよさなど、あらゆる場面で「できること」が重視され、「できないこと」はマイナスのラベルとして貼りつけられます。
けれどもわたしは、障害のある当事者として、「できなさ」をたんなる欠如とはとらえていません。むしろ、「できない」からこそ見える世界がある、「できない」からこそ、生まれるつながりがあると感じています。(野崎泰伸『「できなさ」からはじまる倫理学』83−4頁)
ここで「比較の視線」という言葉が使われていますが、同書では、「まなざし」という言葉が何度も出てきます。「まなざし」とは、サルトルの主著『存在と無』(1943年)の他者論のキーワードで、それ以来メジャーになった言葉です。「まなざし」は実体的なものではありません。「見るもの(主観)」と「見られるもの(対象)」の関係性のことです。サルトルは、有名な、鍵穴から部屋の中を覗いている「私」の例を上げます。私は、純粋な「見るもの」として夢中で部屋の中を覗いているのですが、突然他者の「まなざし」を感じることになります。
突然、廊下で足音のするのが聞こえた。誰かが私にまなざしを向けている。このことは、何を意味するであろうか? それはこうである。私は、突然、私の存在において襲われる。本質的な変様 modification が私の構造のうちにあらわれる。(サルトル、松浪信三郎訳『存在と無』邦訳第II巻110頁)
この変様とは、「見ている私」が「見られている私」(対象ー私)に変容する、ということです。足音がしただけで、ここで私は、見ている他人「を見ていない」、つまり他者は対象となっていない、ということが重要です。サルトルは、他者のまなざしをとらえるということは、対象としての私を体験することであると同時に、主観としての他者を体験することだ、と主張したわけです。
この「まなざし」の理論は、様々な社会構造に当てはめることができます。例えば、野崎さんが言うように、「障害者」と「健常者」の関係にも当てはめることができます。
野崎さんは「「社会が前提としていること」と「わたしの身体の現実」がしばしば衝突することを経験してきた」と言います。野崎さんは、現在は車イスを使用して生活していますが、以前歩いて生活していたときは、「健常者」とは違う、大きく身体を揺さぶった歩き方をしていました。その時、とくに小さな子どもからからかわれたり、歩き方をまねされたりしていたそうです。中学生ぐらいの男子生徒に、携帯電話で動画撮影されたこともあるそうです。つまり野崎さんの身体は、「健常者」のまなざしによって「嘲笑の対象」とされていたのです。その後、野崎さんは、車イスを使用して生活するようになったとき「「かわいそうな人」を見る目に世間が変わった」のを感じたそうです。野崎さんはこう書いています。
「まなざし」はたんなる個人の視線ではなく、社会的文脈のなかでつくられる「障害者はこうあるべき」という期待や感情を反映しています。だからこそ、その変化はわたしの身体の変化以上に、社会が「障害」をどう想像しているか、どんなふうに意味づけているか、という輪郭を浮かび上がらせるのです。(野崎泰伸『「できなさ」からはじまる倫理学』42頁)
野崎さんは、同じ身体が「嘲笑の対象」から「かわいそうな人」に意味づけが変化することを体験しました。しかし、重要なのは、関係性自体は変化していないということです。社会、世間の方が「見るもの」「意味づけるもの」、つまり「対象化するもの」であることは変わらないのです。「見られるもの」は、見るものの「まなざし」によって、自分にはどうにもできないものとして「意味づけられて」しまいます。野崎さんも指摘していますが(103頁)、サルトルの戯曲『出口なし』には「地獄とは他人のことだ L'enfer, c'est les autres」という有名なセリフがあります。実はサルトルも「障害者」でした。彼は幼い頃熱病にかかって右目を失明し、そのせいで、外斜視になりました(70歳のころには左目も失明し、執筆ができなくなります)。野崎さんは「ルッキズム」について言及していますが、サルトルは、子どものころこの外斜視を同級生にひどい言葉でからかわれています。彼は、少年時代にすでに自分の容姿を「劣ったもの」と意味づける社会のまなざしを感じていたのです。彼が「まなざし」の理論を作り上げたのは明らかにこうした体験が影響しています。彼は、多数派の「当たり前」のまなざしによって意味づけられ、「マイナスのラベル」を貼り付けられてしまう、社会から排除されるもの(サルトルはそれを「余計者de trop」と呼びます)の立場につねに立ち続けました。
たとえばサルトルは、まなざしの理論を植民地主義の問題、人種差別の問題に当てはめました。1948年、サルトルは、セネガルの詩人であり初代大統領でもあるレオポール・サンゴールが編集した黒人詩人たちの詩集「ニグロ・マダガスカル新詞華集」の序文を書きました。後にサルトルの評論集『シチュアシオン』第3巻に収録された「黒いオルフェ」というその文章の冒頭は、このようなものです。
これらの黒い口を閉ざす轡(くつわ)を外したとき、君たちはいったいなにを期待していたのか。その口が君たちをほめたたえるとでも思ったのか。われわれの祖先は、彼らの頭を力ずくで地に捻じ伏せていた。その頭が伸びもたげられるとき、その眼の中に君たちに対する崇拝の心でも読みとるつもりだったのか。ところが今やここにいるのはすっくと立ってわれわれを見つめている人間たちだ。願わくば私同様、この見られているという戦(おのの)きを君たちも感じて欲しい。それというのも白人は、相手に見られずに見るという特権を三千年にわたって享受しつづけてきたからだ。白人は純粋なまなざしだった。(サルトル、鈴木道彦/海老坂武訳「黒いオルフェ」『植民地の問題』140頁)
サルトルは、純粋な「見るもの」であった白人たち、「相手に見られずに見るという特権」を享受してきた白人たちに、黒人たちのまなざしを感じて「戦き」を感じてほしい、と言います。その時、特権を享受してきた「見るもの」に、根本的な「変様」が起こるはずです。しかし、その変様によってはじめて見えてくる新しい風景もあるのです。「「できなさ」が拓く世界には、これまでとは異なる豊かさの風景」がある、と野崎さんは言います(85頁)。本書の「はじめに」では、野崎さんが買い物の途中で見かけた、障害者たちが施設の外で職員といっしょにいる風景に「豊かさ」を感じたという体験が書かれています。また、『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ)という漫画の主人公が、膠原病を得て人生設計が崩れ去ったあと、病気を得たからこそ生まれる「もうひとつの豊かさ」に気づく、というストーリーも紹介されています。私は『しあわせは食べて寝て待て』の漫画と、漫画を原作としたドラマの両方楽しんでいたので、野崎さんの言いたいことはよくわかるような気がします。ただ、ここに危険性もあると思うのです。もし「私たち」が、「相手に見られずに見るという特権」を手放さないまま、「なるほど、病気を得たからこそ生まれる異なる豊かさもあるんですね」などと言うならば、それはまさに「分かった気になっただけ」でしょう。マイノリティの問題について、しばしば「理解してあげる」というような表現が用いられ、批判されますが、本当の「理解」は自分自身の根本的な「変様」が必須です。野崎さんは「おわりに」でこう書いています。
ここでわたしがしようとしたことは、障害のある人や生きづらさを抱える人たちの困難を、すでにある理論にあてはめて説明することではありません。むしろ、その人たちが抱える困難そのものが、これまでの哲学や倫理学の「当たり前」を揺さぶり、見直させるきっかけになる、ということを示そうとしたのです。(野崎泰伸『「できなさ」からはじまる倫理学』211頁)
野崎さんのこの本は、「倫理学」という学問を学ぶためのガイドブックであるだけではなく、読者の「当たり前」を揺さぶり、読者に「戦き」と「自己の変様」を促す書物であると思います。


