入管問題の核心である「送還一本やり方針」とは何か

 2014年のカメルーン人死亡事件(詳細については→異常なし - 猿虎日記)について国賠訴訟の地裁判決が出ました。それについての信濃毎日新聞の社説です。重要な点を指摘しています。〈社説〉入管収容死判決 制度を根幹から見直せ|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト
 内部調査の報告書は、医療態勢の不備を指摘したが、問題の核心はそこにあるのではない在留資格がない外国人をこの国から排除すべき存在と見なし、原則全て収容する政策自体が、外部の目が届かない施設で人権侵害が横行する実態に結びついている。
 問題の核心が医療体制の不備ではないのはそのとおりです。だが問題は「原則全て収容する政策」(全件収容主義)*1というより、入管の送還一本やり方針なのです。入管が言う「送還忌避者」とは、実態は、帰国できない事情を抱えた非正規滞在外国人。入管は「送還忌避者」を減らしたい、そしてその方法として帰国させて減らす方法に固執しています。そのため仮放免や長期収容で痛めつけ拷問して帰国する気にさせているのです。しかしそんなことより、帰国できない事情をかかえた非正規滞在外国人に在留資格を出せば(在留を正規化すれば)「送還忌避者」は減ります。むしろそれしか方法はないのです。入管の悪あがきであと何人死ぬのでしょうか?
 入管の人権侵害の「体質」とよく言われます。それはそのとおりですし、この「体質」を変えさせなければいけない、というのもそのとおりなのですが、実際は、入管は「人権侵害」(様々な酷い行い)をいわば「使って」ある目的を達成しようとしているわけです。その目的とは、「(入管が言うところの)送還忌避者を帰国させること」「帰国させること(送還)によって送還忌避者を減らすこと」なのです。そういう意味では、人権侵害そのものを目的として人権侵害しているというのとは少し違うわけです(例えばいじめるのが好きだからいじめる、というような)。もちろん、「外国人いじめは楽しい」などという意識の入管職員がいるのも事実です。仮放免者の会(PRAJ): 「外国人をイジメるのが楽しい」(入管職員CH115の発言) ただ、そうした人権意識の欠如した職員をいわば利用して、自分は手を汚さずに「目的」を果たそうとしている入管の上層部こそが問題です。
  サルトルは「植民地主義は一つの体制である」という文章でこう言っています。

新植民地主義者は、植民者に良いのと悪いのといると考える。植民地の状況が悪くなったのは、悪い植民者の罪だという。(……)良い植民者がおり、その他に性悪な植民者がいるというようなことは真実ではない。植民者がいる。それだけのことだ。(サルトル植民地主義は一つの体制である」人文書院『植民地の問題』33頁 http://d.hatena.ne.jp/sarutora/touch/20070922/1190428681
https://twitter.com/SartrePolitique/status/1002843722696912896

 入管問題も少し似ています。「良い入管職員と悪い入管職員がいる」と考え、悪い入管職員を減らして良い入管職員を増やせばいい、ということではないのです。入管問題も「一つの体制」なのであり、今問題になっているのは、まさしく入管の「送還一本やり方針」の体制なのです。

 もちろん、入管が「送還一本やり方針」に固執すること自体が、入管組織そのものの「人権侵害体質」を現しているとも言えるのですが、個々の人権侵害をただちにやめさせると同時に、そうした個々の人権侵害を生み出している人権侵害的方針をやめさせることが重要だということです。
 以下は「入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合https://www.ntsiminrengo.org/の『なぜ入管で人が死ぬのか〜入管が作り出す「送還忌避者問題」の解決に向けて〜』https://www.ntsiminrengo.org/_files/ugd/fe6c0f_ca49684949b241a98830da69dee21c85.pdf(リンクからPDFで読める資料です)からの抜粋です。タイトルにあるように、入管が言う「送還忌避者問題」は、入管自身が作り出している問題なのです。
 入管が退去強制処分(退去強制令書発付処分)を下した外国人のうち、割合にすれば数パーセントとわずかですが、難民や日本に家族がいるなど様々な事情で帰国を拒否する人たちが一定数います。こうした人たちを、入管があくまでも退去強制(送還)によって減らしていこうとするならば、その方法は2つあります。
①長期収容を回避し仮放免するが、長期間、仮放免状態で生殺しにし3、あきらめさせて帰国させる。
②無期限収容権を用いて仮放免しない(長期収容)、再収容する、等々によって「こんなところに収容され続けることにはたえられない」、と在留の意志をくじいて帰国に追い込む。
 どちらのやり方も日本在留を認めず、帰国を拒否する者すべてを送還しようとする送還一本やりの方針と言えますが、②を私たちは、入管の収容権濫用による強硬方針と呼んでいます。
 あとで述べるように、ウィシュマさん事件の背景には、①から②の強硬方針への転換が、法務省入管局長の 2015 年通達を皮切りに 2016 年通知・指示をもって、各入管局・各センターで徹底化された事実があります。 (3頁)
 こうして 2009 年から長期収容と再収容でいわば「送還忌避者」を国外に追い出そう、在特基準も厳しくしてもっぱら送還によって「送還忌避者」を減らそうという、「送還一本やり」と呼ぶべき方針が徹底されます。 (16頁)
(……)非正規滞在外国人全体のうち数%、帰国できない深刻な事情をかかえた人がいます。この「送還忌避者」と入管の呼ぶ人たちを、もっぱら送還によって減らそうという方針の破綻があきらかになったのが、2010 年です。以後も、入管はこの送還一本やり方針を一貫して維持して現在にいたります。 (22頁)
(……)送還一本やり方針への固執が、きわめて厳しい在特基準と、これまたきわめて消極的な難民認定にあらわれているとみるべきでしょう。しかし、この方針のもとでは入管のねらいどおりに「送還忌避者」を減らせないということは、すでに明らかです。在留を正規化していく方向での解決が喫緊に必要です。(23頁)
  

*1:もちろん、それも入管問題の核心の一つではありますが。

アニメと反戦(4)

アニメと反戦(1) - 猿虎日記

アニメと反戦(2) - 猿虎日記

アニメと反戦(3) - 猿虎日記

左翼が偉かっただって?

 ところで、前回斎藤美奈子の発言をとりあげた『1980年代』の中の大澤真幸斎藤美奈子成田龍一の鼎談で、大澤真幸は次のように言っている。

大澤 成田さんの話との関係で言えば、八〇年代は「サヨク」が出てきて「左翼」が少しずつ相対化されるんだけれども、まだ左翼が偉かった最後の時代ですよね。九〇年代になると左翼はちっとも偉くない。八〇年代までは、まあ偉かった。
斎藤 ちょっとね。頭よさそうだったから。
大澤 そう。普通に賢ければ左翼にならざるを得ないと思われていた。そういう意味では私たちは全員左翼ですよね。左翼というだけで一応最低限偉いと言うことができる時代が八〇年代だったんです。それ以降になると左翼はかっこ悪いものになる。ネトウヨは右翼じゃない、左翼嫌いですね。わざわざ「嫌い」とネットで言われてしまうくらい、左翼はかっこ悪くなってしまった。(『1980年代』25〜6ページ)

 「80年代までは左翼が偉かった」と、言うのだが、いったいどこの平行世界だろうか?と思ってしまう。私は、1981〜1983年に山梨で高校生、1984年に大学受験浪人、1985〜1988年まで東京で大学生だった。つまり高・大がすっぽり80年代に入っているのだが、「左翼が偉い」などという雰囲気は1ミクロンも感じたことがない。客観的に見ても、1980年代は常に自民党が安定多数。1986年の衆院選では300議席を取り圧勝している。80年代の政治というと中曽根、というイメージしかないが、中曽根康弘という右翼が1982年から1987年まで長期政権を担っていたのが1980年代である。私自身の体験としても、高校では、右翼が言う「反日教育」なるものも(受けてみたかったものだが)まったくなかった。社会科の教師など完全に右翼で、授業でも右翼的な発言をしていたが、抗議の声をあげる生徒など一人もいない。友人の中には、それこそガンダムに熱中するもの、ミリオタ的なものこそいたが、左翼的なやつなど見たこともない。大学は、左翼的と言われているところだったが、そこでも肩透かしをくらった。左翼はいることはいたが、大多数の学生は政治に無関心で、左翼は、偉いどころかむしろ白い目で見られていたと思う。各地の大学にはどちらかというと右翼のほうが浸透していたかもしれない。1982年発行の菅孝行/貝原浩の『全学連 (FOR BEGINNERSシリーズ)』には、80年代の大学の状況が(今話題の原理研も含めて)以下のように描写されている。

菅孝行・貝原浩『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)全学連』(現代書館、1982年)166頁

 当時私は、「左翼」について、たとえばこの『全学連』という本で、知識としていわば「勉強」していたのだが、「左翼」とか「学生運動」とかいったものは、当時すでに、ある意味ではもはや書物の中にしかない「歴史的」事象であり、現実の世界での左翼(特に新左翼)は、絶滅寸前の珍獣、とまでは言わないが、かなりレアな存在だったと思う。つまり、私と同世代(1965年生まれ)で80年代をすごした人間の多くは、「左翼」とか「学生運動」なんて、現実にはほぼ見たことがなかったはずなのだ。
 にもかかわらず、当時から私は、「左翼」とか「学生運動」なるものが「いかに世の中にはびこっていたか」、また、そうしたものに「いかに迷惑を被ったか」という話なら、伝聞もふくめてしょっちゅう聞かされていた。以前、「何十年か前はミリオタが常に弾圧に晒されていた」などとさも見てきたかのように語るツイートを紹介したが、そこに見られた「かつては左翼にあらずば人にあらずみたいな風潮があった」とか「反戦・反米反権力は絶対の真理だった時代がある」などというクリシェは、実際は、すでに80年代から流通していた、というのが私の実感である。
 大澤は、左翼がかっこ悪いものになり、左翼嫌いのネトウヨが生まれたのが90年代であるかのような言い方をしているが、上述のように80年代にはすでに「左翼嫌い」は普通にいたし(なんなら左翼よりもたくさんいたかも?)左翼が「かっこ悪い」ことはある意味当たり前だったと思う。それは、前回紹介した「反戦主義者」カイフンが醜悪に描かれるエピソードを含む『マクロス』の放送が1982年だったことからも明らかである。言うまでもないが、当時、「ネット」などというものは影も形もない*1

空想左翼とリアル左翼

 ただ、だからといって、左翼や反戦運動など昔から大したことなかった、などと言ってしまったら、それはそれで歴史の改ざんになってしまう。「左翼嫌い」の言説には、「昔は左翼が大暴れして大迷惑だった」と「昔から左翼はザコで誰にも見向きもされていなかった」という、ヤカンの小話*2ばりに矛盾する2つのパターンがある*3。「○○年代には左翼にあらずば人にあらずみたいな風潮があった」とか「反戦・反米反権力は絶対の真理だった」、などということがあるはずもないが、同時に、それぞれの時代・状況の中で、様々な反戦の闘いがつねにあった、というのもまたあたりまえの話だ。
 たとえばそうした闘いは、アニメの世界でもずっと続いてきたし続いている。そのことは、藤津亮太『アニメと戦争』の中に鮮やかに描き出されているのだが、もっとも印象的だったのが、『宇宙戦艦ヤマト』にまつわる「軍艦マーチ事件」(1974年)である。そもそも、『ヤマト』の制作現場では、当初から、「宇宙戦艦ヤマト」を「太平洋戦争の負の記憶の象徴」である「戦艦大和」から切り離し、SF冒険ものとして作りたい松本零士と、「ヤマト」を過去の「大和」と結びつけたい右翼のプロデューサー西崎義展の間に対立があった(藤津『アニメと戦争』90ページ)*4。ちなみに西崎という男は石原慎太郎の友人であり、後年、自動小銃などの所持で逮捕された際には、尖閣諸島へ上陸した石原慎太郎を警護する必要から購入したと主張したようなガチの右翼である。

 さて、『ヤマト』第2話には、宇宙戦艦ヤマト戦艦大和のつながりを示すシーンとして、1945年の大和の最後の出撃が描かれていたのだが、このシーンのBGMに軍艦マーチが使われることが放送直前にわかったのだ。松本は激怒し、西崎との間で議論になったが、最終的に、制作会議でのスタッフの抗議をきっかけに、急遽BGMを差し替えることになり、ギリギリのタイミングで本放送での軍艦マーチ使用は回避された*5。1980年に出版された本の中で、石黒昇が、この制作会議の様子について回想している。

 解散しようとした時、演助の石崎すすむ君が手を上げて発言を求めた。 
「質問があります。2話では軍艦マーチが入っているそうですが、どういう意図で使っているのですか?  我々は右翼的な作品を作るのに手を貸したくありません。お答えによってはこの場で辞めさせてもらいます」
 見ると緊張のあまり青白い顔をした石崎くんのまわりに四、五名の演助や進行が寄りそうように身を固くしている。
 これにはさすがの西崎氏もショックを受けたらしく、深刻な顔をして考え込んでしまった。
 70年安保を体験して来た石崎くんら若手の連中は、彼等なりに『ヤマト』に対する不安をスタート時から持っていた。それが「軍艦マーチ事件」を契機に表面化したのだった。ここで進行に辞められたら、すでにスケジュールはギリギリまで遅れてきていたから、どんな事態になるか予想もつかない。 
石黒昇小原乃梨子『テレビ・アニメ最前線──私説・アニメ17年史』大和書房、1980年、208−212ページ=『アニメと戦争』92ページ)。

 会議の後、石崎は、「おれ、貧血おこして気絶しそうだった」と言っていたらしいが、石黒は、このことからも「当時ぼくらがこの問題をいかに真剣に考えていたか判ってもらえると思う」と書いている(『テレビ・アニメ最前線』212ページ)。
 石崎すすむという演出家について、ネットで検索してもほとんど情報が出てこない。名前すらあげられていない4、5人のスタッフも含めて、もちろん「左翼活動家」でもなんでもない、当時は「若手」のアニメーターであろう。それが、プロデューサーという権力者であり、おそらく10歳ほど年上の右翼に対して、職を賭して声をあげたのである。彼らのこの勇気ある行動について、私は「かっこいい」という言葉しか思い浮かばないが、「左翼嫌い」のみなさんの眼には、これも「制作を妨害した迷惑行為」とでも映るのだろうか。

 また、軍艦マーチ放送をとめた石崎らの行動は大きな意味があったと思うが、ただ、再放送では結局軍艦マーチは流されたのであり、しかも石黒によると、当時「そのことをとりたてて問題にしようという者もいな」かった、と言う。そのかぎりでは、石崎たちの闘いはある意味「負け戦」だったわけだ。もちろん、だから意味がなかった、と言いたいのでは決してない。だが、昔は「左翼にあらずば人にあらずだった」だの「80年代までは左翼は偉かった」だのが嘘っぱちであることは確かだ。
 藤津の著書では、『マクロス』のリン・カイフンは「硬直した主張と人間的な魅力に欠ける空想的平和主義者」のカリカチュアだ、と書かれている(藤津亮太『アニメと戦争』144ページ)。しかしむしろ、カイフンの姿こそが、「左翼嫌い」「反戦嫌い」が作り出した「空想の産物」なのではないだろうか? 私は、石崎たちの行動の中にこそ、「リアルな」反戦主義者の姿があると思える*6。『マクロス』などの「リアルロボットもの」の愛好者は、兵器や戦術などの「リアリティ」を重視するそうだが、一方、「左翼」や「反戦」については、まったくリアリティに欠けていても意に介さないようである。

作られた「左翼嫌い」

 『ヤマト』の現場での石崎たちによる反戦の闘いを回想した石黒昇が、後に『マクロス』を監督し、カイフンという醜悪な反戦主義者のキャラクターを作り出したことには皮肉を感じるが、前回紹介した、カイフンが終始悪役として描かれる第31話の脚本を書いた富田祐弘についてWikipediaを見ていたら、興味深い記述を見つけた。

(高校卒業後)映画の照明スタッフを目指して日大藝術学部へ入学するが、当時の大学紛争によって授業もろくに受けられない休講状態の日々を過ごす。そこで当時の紛争をパロディに戯曲を書いてみたところ、周囲の好評を得たことから、脚本家志望へと方向転換。

富田祐弘 - Wikipedia

 藤津によると『マクロス』のメインスタッフが1960年代前後生まれのものが多かったというが(『アニメと戦争』141ページ)、1948年生まれの富田は、監督の石黒と同じく、一世代上のいわゆる団塊の世代である。もしかすると、第31話でのカイフンの描写には、富田の大学時代の「学生運動」への反感が影響しているのかもしれない。だが問題は、80年代になり、私の世代より下の、左翼も学生運動もろくに見たこともないような世代が、こうした、学生運動当時から反感を持っていた者の体験談や回想にのみ「リアリティ」を感じてしまう、ということかもしれない。それは彼らが、見たこともない左翼や学生運動に最初から反感を持っているからである。そしてそうした反感は、「過激派」という言葉でさかんに反左翼(反新左翼)キャンペーンを行ったマスコミの影響もあるだろう。電通は「過激派」という言葉を作ったことで三億円もらったとも言われる。だいぶ前にブログで紹介したが(8.5.サウンドデモ - 猿虎日記)『戦争の克服』(集英社新書)の中で森巣博はこう書いている。

言葉の置き換えによる言論誘導といえば、「過激派」もそうでしたね。1960年代末に、いわゆる新左翼集団をひとまとめにして過激派と呼ぶようになりました。「エクストリーミスト」を「過激派」と翻訳しただけで、当時、電通は三億円もらったと言われました。それまでは、反日共系全学連××派とか三派系全学連○○派とか個別に呼ばれていたのですよ。それは穏健派も暴力革命派もふくまれていたので、いっしょくたにできない集団でした。しかしそれでは取り締まる側に不都合なわけです。それで、「過激派」というレッテルを作り上げました。これなら、全員パクれる。一斉検挙が可能となった。
阿部浩己、鵜飼哲森巣博『戦争の克服』集英社新書、2006年、p.111)

8.5.サウンドデモ - 猿虎日記

サヨクと左翼

 ところで、前回の記事への id:EoH-GS20 さんのはてブコメントhttps://b.hatena.ne.jp/entry/4725127922424293411/comment/EoH-GS によると「20何年前くらいの時に『赤旗』で中高生が、マクロス反戦かどうかについて論争してた思い出。」とある。
 『1980年代』で、斎藤美奈子は、1980年代に反原発運動が盛んだったと言っていて

3・11のあとに「初めて原発のことを考えるようになりました」という人たちがいましたけれど、 若い人たちはいいですよ、だけど五〇代以上でそういうやつって、八〇年代どうやって暮らしてたんだって、私には信じられません(笑)。逆にそのくらい流行りだったの、反原発が。

(『1980年代』36ページ)

 とまで言っている。これもちょっと大げさすぎるのでは、と感じるが、この対談では、こうした反原発運動のような(当時としては)「新しい社会運動」的なものを「サヨク」と呼び、「左翼」と区別しているようである。そういう意味では、「文化が戦争を終らせる」という『マクロス』は、当時の「サヨク」的な雰囲気の影響を少しは受けているのかな、と思わなくもない*7。ただ、もしかすると、80年代というのは、「暗く闘争に彩られた『旧平和運動』から、明るく楽しい『新平和運動』への転換」が重要だ(小林正弥『非戦の哲学』https://sarutora.hatenablog.com/entry/20050108/p1)というような言説が流行りはじめた時代、つまり、大澤が言うように「『サヨク』が出てきて『左翼』が少しずつ相対化され」はじめた時代、でもあったのかもしれない。しかし、そうした相対化、差異化こそが、結局は左翼もサヨクも後退してしまう時代を準備した面があるのではないか、とも思うのである。
(続く)

*1:パソ通など今の「ネット」とは比べ物にならないごくごく内輪のものだしそれとて1980年代後半である。

*2:貸したヤカンを壊された、と非難されたときに、「ヤカンは返すときには壊れていなかった」と「ヤカンは借りたときにすでに壊れていた」と「ヤカンは借りていない」を同時に主張する、というやつ。

常野雄次郎「永遠の嘘をついてくれ」参照。

*3:サルトルは、1966年に行った日本での講演「知識人の擁護」で、「知識人」に向けられる非難が、民衆をあざむく有害な存在とされたり、知識人の言うことなど誰も聞かないから無力だと言われたり、矛盾していることを指摘している(永野潤サルトルの知識人論と日本社会」澤田直編『サルトル読本』法政大学出版局、2015年、144ページ)。

*4:例えば、ヤマトの船首部分に「菊の御紋」が絶対に必要だと主張する西崎に対し、松本零士は「絶対につけない」と反対していたのだという。結果的には、「菊の御紋に見える」が「菊の御紋」そのものではないものとしてあの波動砲のデザインになったのだという(『アニメと戦争』91ページ)。

*5:一部差し替えが間に合わず軍艦マーチが流れた地方もあるという。ただ、今回youtubeで問題のシーンを見てみたのだが(軍艦マーチぬきのもの)、私の記憶より長く、また「あれが戦艦大和だ。日本の男の船だ。忘れない様にようく見ておけ。」などというセリフもあり、軍艦マーチ抜きでもそこそこ右翼的ではあるかな、と思った。

*6:サルトルは、前掲の講演「知識人の擁護」で、原子力について研究していた知の技術者が、一見研究と「関係ない」核兵器使用反対の署名を行ったとき、はじめて、サルトルが擁護する意味での「知識人」となるのだ、と言っている(永野潤、前掲論文、144−145ページ)。ここでの石崎たちもまさに「知識人」となった、と言えるのではないか。

*7:「文化が戦争を終わらせる」って言ったって、歌を流して相手が怯んでるすきに攻撃した、ってことなんだから、結局文化を戦争に利用しただけじゃないの…と思ってしまうのだけどね

アニメと反戦(3)

アニメと反戦(1) - 猿虎日記

アニメと反戦(2) - 猿虎日記

反戦主義者と軍人

 『超時空要塞マクロス』の放送は1982年。私は高校2年生だった。この作品も1・2回観たかもしれないが、ほとんど覚えていない。当時アニメファンの間で話題だったことはもちろん覚えているが、リン・ミンメイという劇中アイドルが出てきて……ぐらいの知識しか残っていない。リン・カイフンという登場人物のことも、藤津の著書を読んで初めて知った。『マクロス*1も今回やはり40年ぶりにアマゾンプライムビデオで観てみた(ただし全部ではなく、カイフンが登場する場面を中心にざっと観て、あとはあらすじ紹介のサイトやyoutube動画をいくつかみただけである)。藤津が「教条主義反戦主義者」と呼ぶカイフンだが、たしかにそのようなキャラクターだった。

マクロス』が描いた戦争という観点から無視できないもうひとつの要素が、リン・ミンメイの従兄であるリン・カイフンというキャラクターである。カイフンは、教条主義的な反戦主義者だ。負傷したときにハンカチを手渡されても、相手が軍人であるわかるとそれを拒否するぐらい頑なな人間で、その硬直した主張と人間的な魅力に欠ける点は一体のものとして描かれていた。これは空想的平和主義者をカリカチュアしているわけだが、ここにこにも一九八〇年代らしさを見つけることができる(『アニメと戦争』144ページ)。

 藤津は、この「1980年代らしさ」について、斎藤美奈子の以下のような発言を引用している*2

斎藤 「脱構築」という言葉も流行りましたよね。つまり、関節をはずしていく。『金魂巻』でも『見栄講座』でも『現代思想・入門』でも、みんなそうなんですよ。今まで肩に力を入れて「勉強しなければいけない」、「人生こう考えなければいけない」、「世の中はこうでなければならない」って言ってたのが、「そんなのどうでもいいんちゃう?」っていう感じになる。だけど、「どうでもいいんちゃう?」と言いながらそれをぜんぶ捨て去るわけではなく、見方を変える、足元で威張っていそうな奴をこかすみたいな──すごい雑なとらえかたですけれども──運動の仕方は展開されていた(斎藤美奈子成田龍一編『1980年代』(河出書房新社、2016年)33ページ=『アニメと戦争』144ページ)。

 藤津は、斎藤のこの「こかす」という表現を借りて、『マクロス』の「反戦主義者」のキャラクターであるカイフンは、「「世界はこうでなければならない」と肩に力を入れていたキャラクターだからこそ、あえて「こかされた」」のだ、と言う(『アニメと戦争』145)。
 たしかに、『マクロス』の、反戦主義者を「こかす」というこの仕草は、実に「1980年代らしい」と感じる。そして私はこの「1980年代らしさ」に強烈な違和感というか嫌悪感を感じるのである。例えば以前触れた『ガンダム』のカイ・シデンは、「皮肉屋」キャラとして、あらゆるものを冷やかし、「こかす」態度をとっていたように見える。「仲間」とかどうでもいい、「戦争」もどうでもいい、「敵味方」とかもどうでもいい。カイは、「反戦」も、「どうでもいい」と言いそうではある*3。ところが、「1980年代らしさ」というやつが「こかす」(というか「コケにする」)対象というのは、結局「反戦」(もっと広く言えば、反体制的なものあるいは左翼的なもの)のみに収斂していくのである。『マクロス』における、カイフンと軍人の描きかたの違いにもそれは現れている。
 『マクロス』では、地球人と、ゼントラーディ人という巨人のような異星人との戦争が描かれている(その意味ではストーリーは『ガンダム』より『ヤマト』に近い)。地球に住む生命の大半が失われる激しい戦いの末、最終的に地球人はゼントラーディとの戦いにとりあえず勝利するが、『マクロス』では、生き残った地球人とゼントラーディ人が共存して暮らしている戦後*4の地球の様子も描かれる。第31話では、ある街でゼントラーディ人の「暴動」が起こり、「暴徒」が、ある装置を保管場所から奪うという事件が起こる。暴動は、主人公一条輝(いちじょう・ひかる)ら地球人の「パトロール隊」によって鎮圧される。そこにこの街の市長とカイフン、ミンメイが通りかかる。装置を接収しようとしている輝に対して、市長は、街の人口の大半を占めるゼントラーディ人にとって装置は必要なものであり、持ち去らないでほしい、と要請する。しかし輝は、ゼントラーディ人の「不満分子」が装置を使って巨大化し反乱を起こす恐れがあるので、装置を軍があずかる、と言う(「マイクローン装置」と呼ばれるその装置を使って、ゼントラーディ人は体の大きさを人間サイズに縮小したりもとの巨人サイズに拡大したりできる)。そこにカイフンが割って入るのだ。カイフンは輝に、「ゼントラーディ人は、いつどんなときでも自由にマイクローン(人間サイズの状態のこと)になったり、巨人になったりする権利があるはずだ。」「大勢のゼントラーディ人が住むこの街から、マイクローン装置をとりあげるのはちょっとひどいんじゃないですか?」と言う。輝たちパトロール隊を取り囲む市民は「軍のいうとおりにはならんぞ!」などと口々に叫ぶが、その市民たちに向かってカイフンはこう言う。「みなさん、これを軍が保管するのは国家権力の不当介入です。この装置は、この街で持つのが正当なのです。」輝は、暴徒が装置を奪いにくる危険を訴えるのだが「権力を振りかざすな!」という市民の抗議の声を受け、撤退する。

 だが結局装置は反乱を起こしたゼントラーディ人に奪われ、カイフンはミンメイとともに人質になる。カイフンらは輝たち軍の突入によって救けられるのだが、救けられてなお、カイフンは「人質の命を危険に晒した」と軍を非難する。

 このように、「権利」とか「国家権力の不当介入」などという左翼的な言葉を使うカイフンたち「反戦」派は、徹底的に愚かで迷惑な存在として描かれている。それに対して輝たち軍人は、反戦派の非難に耐えながら命がけで市民を守る存在としてあくまでかっこよく描かれている*5。(続く)

アニメと反戦(4) - 猿虎日記

 

 

 

 

*1:テレビ放送版。1984年の劇場版にもカイフンは出てくるらしいが今回は観ていない。

*2:大澤真幸斎藤美奈子成田龍一の鼎談中の発言。

*3:カイが反戦を「こかす」シーンは特になかったと思うが。

*4:「第一星間大戦」後。

*5:まあ、統合軍総司令部など、良く描かれない地球の軍人もいるが。

アニメと反戦(2)

アニメと反戦(1) - 猿虎日記

実名性とリアリティ

 『アニメと戦争』において、藤津亮太は、「『ガンダム』で描かれた「戦争」の特徴は、現実に起きた戦争との「繋がり」と「断絶」が絶妙に共存しているところにある(『アニメと戦争』106ページ)」と言う。

 まず、『ガンダム』が持っていた現実の戦争との「繋がり」について。『ガンダム』は、地球連邦とジオン公国という、架空とはいえ、人間の国家間の戦争を描いている。その点が、敵が異星人の侵略者である『ヤマト』や、悪の秘密結社である『マジンガーZ』とは違う(同書107ページ)。つまり、『ガンダム』における戦争は「それまで人類が体験してきた戦争と地続き」のものとなった(同書110ページ)わけである。そのことで、『ガンダム』は本物の戦争としての「リアリティ」を獲得する。
 もっとも、戦争としてのリアリティを追求する子ども向けエンターテインメント作品は、もっと前の時代、1960年代にすでにあった。藤津も引用しているが(同書68ページ)夏目房之介によると、1960年初頭から少年月刊誌、週刊誌に「戦記物ブーム」がおこっていた(夏目房之介『マンガと「戦争」』30ページ)。

 少年マンガ雑誌にも、貝塚ひろしゼロ戦レッド』、辻なおき『0戦太郎』、ちばてつや紫電改のタカ』、辻なおき『0戦はやと』などの「戦記もの」が掲載され、『0戦はやと』は1964年にアニメ放送すらされていたのだという。これらは、ストーリーとしてはほとんど史実を踏まえていない荒唐無稽なものだったとはいえ、実在した戦闘機などの兵器が登場し、実際にあったアジア・太平洋戦争を舞台とした物語だった。夏目は、こうした作品が、当時のマンガ界に訪れた、手塚治虫的なSF未来的「架空性」から「実名性」への変化を背景としていた、と分析する。

 白土時代劇に顕著な、実在の歴史的人物や事件の強調によるリアリティの獲得(白土時代劇とそれ以前のチャンバラ物とのちがいは、史実らしさの巧妙な利用だった)。

 スポーツ物では実在の人物、力道山、長嶋などを主人公にした「……物語」という嘘っぽい伝記マンガ(ぽいというより名前以外全部嘘ばっかというのもあった)に始まり、週刊マンガ誌上での実在球団で活躍する少年主人公というパターンの成立。(『マンガと「戦争」』33ページ)

 「戦記物に実際の兵器や人物を登場させる手法」も、そうした変化の延長線上にあった、というのである。しかし、そうした実在の兵器や戦争を扱った「実名性」志向の戦記物においては、「戦争」そのものは通俗化され、作品のテーマとしてはかえって後退していたのではないかと夏目は言う。夏目によると、そうした戦記物は「戦争というより、戦闘技術やメカヘの単純な子どもの憧れを実名性でひきよせた」だけのものであった(同書60ページ)*1。それは、SF未来的な架空世界を舞台にしながらも「戦争と生命に対する強い倫理感」と「戦争を普遍化してみようとする理念」をそなえていた手塚治虫のマンガとは対照的だった(同)。

むしろ〔戦記物の〕読者たちは、野球マンガや忍者マンガと同じレベルで戦記マンガを読んでいたはずだ。少なくとも私はそうだった〔1950年生まれの夏目は当時10代はじめ〕。子どもたちにとって、戦記マンガから読み取れる戦争は、野球や忍者の戦いと同列のゲーム的な戦闘にすぎなかったと思う。
 当時良識派が心配したような「大東亜戦争の肯定」につながることもなかったが、戦争体験のイメージ的継承という観点がありうるとすれば、実名性にもかかわらず体験を想起 させるリアリティはないにひとしかった。(『マンガと「戦争」』60ページ)

 もちろん、上の引用文にあるように、ゼロ戦を「かっこいいもの」として描くようなそれらのマンガが「大東亜戦争の肯定」につながることを危惧する「良識派」はいただろう。夏目少年は無自覚だったようだが、もっと自覚的に「自分たちはかっこいい戦闘技術やメカを愛好しているだけだ」と思っている人々は、そうした「良識派」による批判を、うっとおしいものと感じていただろう。そこから、「被害妄想」と「歴史修正」も起こってくる。

 最近(2022年5月)、ツイッターに、「その昔まだ日本の軍事アレルギーが強い時代、当時のミリオタたちは常に弾圧に晒され、多くが離れるか狂うかしていった」というつぶやきとともに、藤子F不二雄の『ドラえもん』のセリフを以下のように改変した画像が投稿された

何十年か前本邦の文化人と呼ばれる人たちの間には「左翼にあらずば人にあらず」みたいな風潮が確かにあってね
反戦・反米反権力は絶対の真理であり当時の軍事へのアレルギーは強力なものだった
戦車や戦闘機が好きと言おうものなら周囲から白い目でみられるから言い訳の理論武装が必要だったんだ
これは宮崎駿ですら例外ではなかったよ
だから当時のミリオタたちのふるまいは隠れキリシタンの如きだったよ
宇宙戦艦や巨大ロボで戦争っぽい雰囲気の作品はあったがどれもあくまでぽいだけだ
もっとリアルな戦車や戦闘機のアニメが観たい! 架空戦記読んだり模型作るだけじゃ満足できない!
ミリオタの飢えはいつまでも満たされなかった

togetter.com

 上記togetterを読めばわかるように、この投稿には多数のツッコミが入った。実際は(夏目も書籍で取り上げていたように)1960年代(戦後たった十数年)の段階ですでに少年マンガ週刊誌に戦記物が掲載され、アニメ化された作品まであったのであり、こうした史実を、かつては「ミリオタ」が「弾圧」されていた、という主張への反証として上げている投稿も多い。

断絶と箱庭

 次に、藤津が言う『ガンダム』と現実の戦争との「断絶」について。先に紹介したように、藤津は、人間の国家間の戦争を描いている『ガンダム』が、異星人の侵略者と戦う『ヤマト』などとは違って「現実に起きた戦争との「繋がり」」を獲得した、と分析する。そのことで『ガンダム』はある種の「リアリティ」を獲得した。しかし一方で、藤津によると『ガンダム』は「これまでの歴史上の戦争と一線を画す部分も備えて」おり、この「断絶」のほうが『ガンダム』における戦争描写では重要だ、と言う(『アニメと戦争』111ページ)。

 ところで、藤子改変マンガのセリフには「宇宙戦艦や巨大ロボで戦争っぽい雰囲気の作品はあったがどれもあくまでぽいだけだ」という箇所がある。「宇宙戦艦」と「巨大ロボ」はおそらく『ヤマト』と『ガンダム』のことを指しており、それらに対するミリオタの不満が、「ミリタリ的に満足できる作品」である、2007年(2008年)の『ストライクウィッチーズストパン)』で満たされた、という話になっている。しかし、藤津は、前述の著書で、『ヤマト』と『ガンダム』との差異にむしろ注目する。例えば『ヤマト』は、侵略異星人と戦うという「未来戦争」を描きながらも、「「ヤマト=大和」という固有名詞を媒介にして、「過去の戦争」の記憶が呼び込まれ」ている。また、ガミラスが明らかにナチスヒトラーを連想させるように描かれることも加わって、『ヤマト』は、「ここにある「未来戦争」が「過去の戦争」のある種の反復であるという色合いを帯び」ていた、という。そして藤津は、『ヤマト』では、「過去の戦争」との「繋がり」を示唆することで、「「過去の戦争」の悲劇と「未来戦争」の回避が結び付けられている」と言うのだ。
 一方、『ヤマト』と同じく未来戦争を描く『ガンダム』は、「過去の戦争」と実質的に「断絶」して描かれている。しかも、当時のファンから「リアルだ」と言われたような、リアリティを獲得していた。それは、「開戦までの(架空の)歴史的経緯や、スペースコロニーはどこにどれぐらいあるのか」といった「設定(あるいは世界観)」がきちんと用意されていたこと、また、登場する兵器・小道具の「細部の描写」から来ていた(これもある意味「設定」の話とも言えると思うが)と藤津は言う。つまり、『ガンダム』では、リアリティ獲得のために、夏目が言うところの「実名性」志向は採用されていなかった*2。そのことは、当時の『ガンダム』ファンにとって都合が良かった、と藤津は考える。というのも、「人類同士の戦争という一点でリアリティを確保しながらも、現実の戦争とは距離をとった『ガンダム』は、その結果として、「良心の傷まない戦争ごっこ」の舞台=箱庭としてとても大きな役割を果たすことになった(『アニメと戦争』117ページ)」からである。

SF戦記ものとして制作され た『ヤマト』は、しかしその名前ゆえに、どうしてもアジア・太平洋戦争を想起せざるを得なかった。そこには一抹の後ろめたさがつきまとう。
しかし『ガンダム』は、日本人が体験したアジア・太平洋戦争から完全に断絶した世界観である。そこでは戦争がいくら起こっても、現実の戦争と一定の距離感が保たれているから、エンターテインメントとして消費をしても後ろめたさを感じることはない。ファンは安心して、兵器、個人、あるいは人間関係といった「部分」を楽しむことができるのである。そういう意味で、『ガンダム』は、敗戦国である日本がようやく手に入れた、誰も傷つかない「戦争ごっこ」のための箱庭だったのである。(『アニメと戦争』118〜9ページ)

 藤津によると、これは、富野監督ら作り手の意図したところではなく、「構築性の高い「世界観」」が生んだ「副産物」だった、と考える(同書119〜20ページ)が、いずれにせよ80年代当時、『ガンダム』を「箱庭」での「戦争ごっこ」を楽しめるものとして(そうはっきり意識せずとも)支持するアニメファンがいて、そうした層は現実の「戦争」そのものには無関心だった、ということは、なるほどそういうこともあったかもしれないな、と思う。また藤津は、当時、「エンターテインメント(アニメ文化)」として『ガンダム』などの作品を楽しむそうした層と、「世間や社会、あるいはマスコミが持っている「戦争」への忌避感、反戦意識というもの」との間に「すれ違い」が起こっていた、と言う(同書124ページ)。これも確かにそういうことはあったかもしれない。ただ、それをもって、さきほど紹介した藤子改変マンガの投稿者が言うように「軍事アレルギーが強い」時代に「ミリオタ」たちが「弾圧」されていた、とまでは言えないだろう。夏目の記述を読めば、1960年代にして、すでに、「実名性」をもった直近の戦争すら平気で「箱庭」あつかいして「戦争ごっこ」をエンターテインメントとして楽しんでいた少年たちがいたことがわかるのであり、そうした作品に対する批判はあったかもしれないが「弾圧」などなく、社会全体としては容認されていたのである*3。『ヤマト』や『ガンダム』の時代に至ってはなおさらそうだったろう。
 だが、「ミリオタ」が「弾圧」されていたという「被害妄想」「歴史修正」は、すでに80年代に生じていたともいえる。藤津は、『ガンダム』の3年後、1982年放送の『超時空要塞マクロス』のメインスタッフが、団塊の世代が多かった『ガンダム』のメインスタッフより10歳近く若い、1960年代前後生まれのものが多かったことに注目している(同書141ページ)。それが、『マクロス』が1980年代という時代性と結びついて異彩を放っていたことと関係している、ということなのだが、藤津は、同作品が『ガンダム』など他のアニメと「戦争を扱うときの手つき」が異なっていたことを説明する中で、『マクロス』に登場する、リン・カイフンという「教条的反戦主義者」のエピソードを紹介している(同書144〜5ページ)。(続く)

アニメと反戦(3) - 猿虎日記

アニメと反戦(4) - 猿虎日記

*1:ただ夏目は、『紫電改のタカ』の場合は、ラスト近くで例外的に作者の戦争観が噴出していた(同書39〜43ページ)と言う。

*2:ただ、「オデッサ」などの実在の地名は用いられており、一部では実名性も利用されているわけだが、過去の戦争、とりわけ「アジア・太平洋戦争」とのつながりを想起させるようなものはない。

*3:藤津も、戦記物を読んでいた1960年代の少年たちが、戦争の「全体」から切り離して兵器や戦闘という「部分」を愛好していたという社会学者高橋由典の分析を紹介している(『アニメと戦争』118ページ)。

アニメと反戦(1)

ガンダムと私

 いわゆる「ファーストガンダム」本放送は1979年。私は中学2年生だった(1965年生まれ)。そういう意味で、私はまさに「ガンダム世代」である。しかし、私自身はガンダムに「はまった」ことはない、というかはまりそこねている。アニメや漫画に興味がなかったわけではなく、1974年、小学3年生のときは、級友がみんな『猿の軍団』を観ていたのを尻目に『宇宙戦艦ヤマト』本放送に熱中し、欠かさず観ていた。また、本放送がガンダムの翌年1980年の『伝説巨神イデオン』には結構はまり、1982年の映画は甲府の映画館に観に行った。ところが、「ファーストガンダム」の本放送は、何回かは観ているが、どういうわけかはまりそこねた。周知のように、ガンダムは本放送時よりも再放送で次第に人気が高まっていったので、高校のときは、ガンダムブーム真っ只中だったはずである。当時所属していた美術部の部員がガンダムのイラストを書いていて、それを見た顧問の美術教師が「なんだ、またグンダムか、グンダム、グンダム(笑)」とからかっていたのを覚えている。しかし、私自身はそうしたブームにも乗り切れず、再放送や劇場版、その後のガンダムシリーズも観ることなく、今にいたるまで、ファーストガンダムのストーリーや主要キャラクターさえあまり把握していない。流行り物に対する反発、というのはやはりあったとは思う。
 前置きが長くなったが、最近、この歳になって「ファーストガンダム」を全話視聴した*1。『機動戦士ガンダム』が世に出てからおよそ40年、なぜ今、という理由は、最近安彦良和の漫画を何作か読んだから、というのと、アマゾン・プライムビデオで追加料金なしに視聴できることに気がついたから、ということなのだが。
 まず、思ったのは、永井一郎、役やりすぎでしょ、てこと。ほとんど毎話観るごとに「え?また永井一郎?!」と笑ってしまうことの繰り返しだった。wikipediaなどによると、当時のアニメの現場では一人の声優が何役もやるのは当たり前だった、と書いてあるが、それにしても、だ。永井一郎という声優は私は昔から大好きな声優で、一番印象に残っているのはやはり『未来少年コナン』のダイスだろうか*2永井一郎はとても上手い声優だが、声が特徴的すぎてすぐわかってしまうので、複数の役をやるのは向いていないように思うのだが、どうしてああなったのだろうか(まあ予算が足りなかった、ということなのだろうが)。
 さて、内容についてだが、ブーム当時から指摘されていたように思うが、この作品は、リアルな「戦争」を描いたことで画期的なアニメであった、と言えるだろう。そこで、この機会に、夏目房之介『マンガと「戦争」』(講談社現代新書、1997年)と、藤津亮太『アニメと戦争』(日本評論社、2021年)という二冊の本を読んでみた。どちらも大変面白かったのだが、特に後者とからめて、ガンダムをサカナに、少し書いてみようと思う。

カイ・シデン厭戦

 以前の投稿で、安彦良和の漫画『クルドの星』について書いた。

クルド問題はわれわれの問題である - 猿虎日記

そのとき、この漫画の主人公が、クルド独立運動に「巻き込まれた」というのは間違いだ、と書いた。しかし、「ファーストガンダム」では、主人公の少年少女たちは、戦争に「巻き込まれた」ことが強調されている。この作品は、民間人であった少年少女たちが、偶然連邦軍の戦艦ホワイトベースに乗り込むことになり、即席の兵士としてジオン軍との戦闘に「巻き込まれて」行く、という話だ。様々な実戦経験を経た彼らが、第26話で、連邦軍の将軍レビルと面会する場面がある。ここで将軍は、少年少女たちに、このまま連邦軍の軍人として戦争に参加するように指示する。このとき、フラウ・ボウがおそるおそる質問する。「軍隊に入りたくない人はどうするんですか?」将軍は、「すでに諸君らは立派な軍人だが、軍を抜けたいというのであれば一年間刑務所に入ってもらうことになる」と答える。本来ならホワイトベースガンダムという新兵器の軍事機密を知った彼らは一生刑務所に入るべきなのだ、とも。実質的に彼らに軍隊を抜けるという選択肢はないのである。
 しかし、そんな中、唯一軍隊を抜けるということを主体的に選択するキャラクターがいる。それがカイ・シデンである。カイは、「皮肉屋」の脇役キャラクターである。初登場時から、避難民の誘導に協力しない自分勝手な人間として描かれ、セイラに「この軟弱者」と平手打ちを食らっている。その後もしばしば他の人間の行動を茶化すような言動をとって、ブライトに殴られたりもしている。カイもまた他の少年少女とともに26話で勝手に正規軍に入れられるのだが、第27話で、「軍人なんてお硬いのは性に合わねえんだ」と言って、仲間の中で唯一ホワイトベースを降りることを選択する*3。このように、「軟弱者」「皮肉屋」であるカイは、当初はどちらかというと「厭戦的」な人物、として描かれている。また、カイはその後、ミハルという少女をジオン軍のスパイと知りながらかくまう。といっても彼はジオンに積極的に味方するわけでもなく、連邦軍ジオン軍、それぞれの「正義」のどちらにも無関心であるように見える。
 1979年当時、「軟弱者」「皮肉屋」「無関心」などは、「しらけ世代」とか「新人類」とか言われた当時の「若者」の特徴とされたものと一致している。カイは、ミハルの死をきっかけに、結局は「連邦軍の戦争」に積極的に参加するようになるのだが、ただ、少なくとも最初の頃のカイが皮肉な態度をとる対象に、「戦争」や「軍隊」が含まれていることは確かである。もちろん、機械オタクのように描かれているアムロもまた、一度は軍隊を脱走する。しかし、彼の場合、その理由はまったく個人的なものであり、アムロが戦争や軍隊そのものを皮肉な眼で見ている様子はあまり伺えない。(続く)

アニメと反戦(2) - 猿虎日記

アニメと反戦(3) - 猿虎日記

アニメと反戦(4) - 猿虎日記

 

 

*1:まあ正直途中早送りも結構しましたが。

*2:未来少年コナン』はファーストガンダムの前年の1978年だったようだが、こちらも私は熱心に見ていて、いまだに宮崎アニメのベストではないかと思っている。

*3:それにしても、一年刑務所に入るという話はどこへ行ったのだろうか…。

マナーを守って楽しく政治をしましょう?

digital.asahi.com

 朝日新聞デジタルに掲載された朝日川柳に対して、たかまつなな氏が次のようなコメントを寄せている。

【提案】

【政治的な評価と暗殺(ご冥福をお祈りする)をわけて考えませんか】 安倍元総理の功罪はどちらもとても大きいと思います。私は森友・加計・桜、官僚の忖度体質などたくさんの「罪」があったと思います。ですが、安倍さんは暗殺されてしまった。暗殺されていい人などこの世にいません。暗殺された人に対して、ご冥福をお祈りするということがそんなに難しいことなのかと少しこの川柳を拝読して、悲しくなりました。無念の死に対して、あの世までというのは、さまざまな考えがあると思いますが、私は違和感を覚えました。こちらの川柳は、twitter上でも、さまざまな意見があり、投稿された方にも誹謗中傷などが及んでいないかと心配で、このようなコメントをすることもさらに追い討ちをかけてしまうのではないかと悩んだのですが、コメントプラスをしているメンバーとして、いっておかなくてはいけないと思いあえて投稿します。暗殺されたことを受け、ご冥福をお祈りした上で、政治的な功罪を議論するということをしませんか。投稿者の方というよりも、これを選び掲載された朝日新聞側に問題提起をと思い投稿します。

 

 これに対して、藤澤統一郎氏がブログで反論を寄せている。

article9.jp

 私も、藤澤氏と同じように、たかまつ氏のコメントに「危険」なものを感じる。ただ、たかまつ氏の「危険性」は、藤澤氏が考えいているものと、少し違うのではないか、とも感じた。

 藤澤氏はこう言う。

あなた〔=たかまつ氏〕の違和感は、「政治的な評価」と「弔意」を分けて考えないところからのものではないでしょうか。あなたが、あなたご自身の思想や感性に基づいて「弔意」の表明を大事なものと考え、元首相の死を「暗殺されてお気の毒」「ご冥福をお祈りしたい」とすることの自由は保障されています。しかし、だからと言って、「弔意よりは、政治的な評価」を大切に思う立場の人たちに、あなたのご意見を強制することはできません。

 しかし、たかまつ氏の意見は、自分で書いているように、「政治的な評価」と「弔意(ご冥福をお祈りする)」を「分けませんか?」という提案である。また、たかまつ氏は「政治的な評価より弔意が大切」とは言わないだろう。おそらく「どちらも大切だ」と言うに違いない。

 もちろん、藤澤氏は、たかまつ氏のコメントは結局「政治家の死を利用した言論弾圧」になっているのであって、「政治的な評価と弔意を分けませんか?」と言っているたかまつ氏自身が「分けていない」のだ、と言いたいのだろう。

 たしかにそう言えなくもないのだが、たかまつ氏のようなスタンスの問題点は、もっと単純、というか、もっとやっかいなものではないかとも思う。

 藤澤氏は驚くかもしれないが、おそらくたかまつ氏は、件のコメントを、そもそも「政治的な」コメントとして書いているという自覚がないのではないだろうか。彼女のコメントは、おそらく次のような「苦言」に近いのだと思う。

野球観戦を楽しむのは自由ですが、ゴミを持ち帰る、などのマナーを守って楽しみませんか?私も野球観戦は大好きです。ですが、試合後の球場の様子を見て、ゴミをもちかえるということがそんなに難しいことなのかと、少し悲しくなりました。

 あるいは、こんな感じ。

野球観戦を楽しむのは自由ですが、会社にタテジマのハッピを着てきたり、勤務時間内にスポナビで試合経過を頻繁にチェックするのは違和感を感じます。私も野球は大好きですが、野球と仕事は分けませんか?

 さて。たしかに、「野球」と「仕事」は(プロ野球選手以外にとっては)もともと違うものだし、分けるべきという意見も一理ある。しかし、「政治」と「弔意」は、はたして分けられるものであろうか?あるいは、「政治」と「川柳」は?

 おそらく、たかまつ氏にとって、「政治」とはとてもせまいものと捉えられているのだろう。「政治家安倍晋三の功罪を議論する」ことは、「政治的行為」であり、自分も大いにやっている。だが、「人間安倍晋三の死に際してご冥福をお祈りする」というのは、個人的な「非政治的行為」である、それは当然のことだ、とたかまつ氏は思っているだろう。しかし、「政治」というのは、「個人的なもの」と切り離せないのであり、むしろ、「個人的なもの」に非政治的なものの顔をして入り込んでくる「政治」こそ、最も警戒すべきものである。そうした感覚は、たかまつ氏には希薄なのだろう。だから、たかまつ氏は、藤澤氏の言う「政治家の死は、利用されやすく強制されやすいもの」という言葉はピンと来ないだろう。

 したがって、たかまつ氏の問題点は、藤澤氏の言うように「政治と弔意を分けて考えない」ところにあるのではなく、逆に、「政治と弔意は分けて考えられない、ということを考えていない」ところにあるのではないか、と思う。

 たかまつ氏の言いたいことは、想像するに、こんなことなのではないだろうか。「自分は弔意を強制などしていません。人が死んだときに弔意を示すのは人として当然だと言っているだけです。人間安倍氏の死を個人的に悼んだからといって政治家安倍氏を肯定的に評価することにはならないですよね?私が言いたいのは、人の死を悼むどころか揶揄する(とたかまつ氏には見える)川柳を乗せるなんて、人としておかしいことをしてしまったら、せっかく政治的にいいことを言っていても、人して信用されませんよ、ということです。私は老婆心ながら忠告しているのです。」

 つまり、「せっかく熱い応援をしても、応援以外のところでマナーが悪いと、阪神ファンは人として信用されなくなりますよ。私は忠告しているんです。」みたいな感じ。「マナーを守って楽しく政治をしましょう」と。

 

 ところで、昔、排外主義者のデモに一人で抗議を表明したつねのゆうじろうさんが、排外主義者たちに集団で暴行を受けたことがあった。

sarutora.hatenablog.com

 この事件に対して、ネット上で、「右組も左組もマナーを守りましょう」とコメントをした「妖怪どっちもどっち*1」がいた。しかし、排外主義者のデモも、それに対する抗議も、抗議に対する暴力も、すべてきわめて「政治的」なものだ。ところが、こうした人たちにとっては、それが、結局は「マナー」の問題に矮小化されてしまうのだ。

*1:これについては

sarutora.hatenablog.com

クルド問題はわれわれの問題である

 最近、安彦良和*1の漫画『クルドの星』(文春デジタルマンガ館、上下2巻)を読んだのだが、なかなか面白かった。安彦の漫画作品はいくつか読んでいる(たぶん最初に読んだのは1990年代の『虹色のトロツキー』)が、『クルドの星』は未読だった。1985年から1987年にかけて、徳間書店『月刊少年キャプテン』で連載していたのだという。
 文春デジタルマンガ館版『クルドの星』の巻末には、複数の版に掲載されていた著者のあとがきが再録されているが、2005年に書かれた文で、彼は本作について「本業のアニメがかなり多忙だった中で書いた」もので「出来が良くない」と謙遜している。たしかに、歴史ものだと思って読んでいたら、最後の方で突然SFになったのは面食らったし、ラストもちょっと唐突なのだが、しかし、全体としては面白く良くできた作品だと思う。

 『デジタル大辞泉』によると、『クルドの星』とは次のような作品である。

安彦良和による漫画作品。クルド独立運動に巻き込まれた少年が人類史の壮大なミステリーの扉を開く、SF冒険譚。1985年から1987年にかけて、『月刊少年キャプテン』で連載。徳間書店少年キャプテンコミックス全3巻。クルドの星とは - コトバンク

 作品の舞台はトルコである。トルコには、「国をもたない世界最大の少数民族」とも言われるクルド人が1500万人居住している(これはトルコの総人口の20%近い数)が、トルコ政府は、長年に渡って「クルド独立運動」に苛烈な弾圧を加えてきた。
 『クルドの星』には、漫画連載当時トルコ首相だったオザルと思われる人物の演説シーンが描かれている。

一九二〇年の国辱的セーブル条約の幻影を追い、クルディスタンの独立を画策する彼らの主張は、国父アタチュルクの名において!!断固排撃しなければならない!クルドのゲリラは見つけしだい殺す!!諸君!!これが共和国トルコの決意であります!!(上巻173ページ)

クルドの星』上巻173ページ

トゥルグト・オザル

 セーブル条約とは、第一次世界大戦後の1920年8月、連合国とオスマントルコとの間で結ばれた講和条約であるが、この条約では、オスマン帝国の分割案が示されると同時に、クルディスタンクルド人の土地)の独立を認める内容も含まれていた。ムスタファ・ケマル(アタチュルク)*2が20年4月にアンカラに樹立した新政権はこれに反発。トルコに侵入していたギリシア軍を撃退し、オスマン帝国を倒した後、1923年にセーブル条約は破棄され、新たにトルコに有利なローザンヌ条約が結ばれた。その後、クルド人の居住地は、もともとは西欧列強が勝手に引いた国境線にしたがって、トルコ、イラク、シリアなどに分断されてしまった。以来、トルコ政府は、クルド人は「山岳トルコ人」であるとして、クルド語の使用やクルド名を禁ずる同化政策を行うとともに、クルド労働者党PKK)などによる独立運動を弾圧してきたのである。
 さて、先程引用した『デジタル大辞泉プラス』では、『クルドの星』の主人公の少年(ジロー)が「クルド独立運動に巻き込まれた」と書かれている。しかし、この記述には問題がある。主人公の少年ジローは、クルド独立運動に「巻き込まれた」というわけではなく、少なくとも途中からは明らかに主体的にこの運動に参加し、トルコ軍との激しい闘いに身を投じていくのである。
 日本人の父親とクルド人の母親をもつジローは、幼い頃に生き別れた母親を探してトルコを訪れるのだが、クルドゲリラに、母親に会わせると騙され、クルドの共同体の族長の元に連れてこられる。ジローの母親の行方は未だにわからないのだが、彼女は実は族長の娘であり、族長はジローを跡継ぎにしようと考えていたのだった。一度はそれを断ったジローだったが、その後、クルドの集落に対するトルコ軍のみさかいのない爆撃と機銃掃射を目の当たりにする。爆撃で妻を失ったクルドゲリラのリーダー、デミレルは、ジローを騙して連れてきてしまったことを反省し、ジローに「帰ってもいいんだぜ、日本(ジャポン)に…族長には……なんならオレが話してやったっていい。選ぶなら……たぶんいまが最後だ」と提案する。しかしジローは、「クルド人」として、ゲリラとともに戦うことを選ぶ。

その顔は………いいんだな オレたちと一緒でかまわねえんだな!?ならばおまえは…”クルドの星”の戦士(フェダイーン)だ、ジロー!!」(上巻167ページ)*3

 だが、ジローのこの主体的な選択を否定し、彼が単に「巻き込まれた」ことにしておきたい人々が、作品の中には描かれている。日本政府である。「日本人」ジローがクルドゲリラに加わっているという情報を得たトルコ軍の大佐は、アンカラ日本大使館に赴いてそれを報告する。駐トルコ日本大使ヒライは「ウ〜〜ム…まずいな、クルドといい…年齢といい…、過激派の関係とか、そういった思想的な背景はないと思いますが…いけませんな、それにしても」と迷惑そうにつぶやくが、トルコ軍大佐はこう詰問する。

「そう!!貴国との親密な関係にキズがつく!!ゆゆしきことです!!他のことならともかく、クルドのゲリラに加担するとは、子ども一人のこととて軽々にすますわけにはいきませんな。」

 ヒライ大使はこう答える。

「よくわかりました。しかし大佐、当方はあくまで日本人真名部次郎は誘拐されたものと考えたい。ゲリラとともに居るということで即断はしたくない。」

 つまり、日本政府は、ジローの行動を「あくまでも彼の主体的な行動ではない」ということにしておきたいのである(下巻18〜19ページ)。

クルドの星』下巻19ページ

 ところで、1998年に書かれた、中公文庫版の著者あとがきによると、あるジャーナリストが安彦の『クルドの星』を、トルコ領クルディスタンクルド人たちに見せたのだという。クルド人たちは喜んだそうだ。「トルコ軍と戦うクルド人が格好良く描かれているという点が圧政下の彼等にウケた」と聞いた安彦は、赤面した、と書いている。

クルドの星』上巻266ページ

 しかし、圧政下の民衆とともに戦うゲリラが「格好良く」描かれる漫画は、おそらく極めて少ないのではないか*4。主人公ジローがクルド独立運動に主体的に加わっていったのと同様に、クルド独立運動を「格好良く」描くことで、作者安彦良和も、この運動に主体的にコミットしているといえる。また、上で引用した大使ら日本政府の態度や、幼少時のジローが日本で差別を受けるシーン(上巻99ページ)を描くことで、安彦は、クルド問題が他人事ではなく「われわれの問題」でもある*5ことをはっきりと自覚している。

クルドの星』上巻99ページ

 実際、日本には『クルドの星』で描かれたようなトルコ政府の圧政から逃れてきたクルド難民が多数暮らしている。しかし、日本政府はこれまでただの一人もクルド人難民認定していない。それは、漫画の日本大使館での会話にあったように、日本政府が、トルコとの「親密な関係にキズがつく」ことを恐れているからである。それだけではなく、難民申請が却下されたクルド人たちは退去強制となり、従わない場合は入管収容施設での長期収容、医療放置、職員による暴行などの虐待が行われている。トルコ政府によるクルド人への弾圧を、日本政府が肩代わりしている形である。
 しかし、多くの日本人は、クルド問題だけではなく、あらゆる「政治的な」問題を、自分とは関係のない、決して「巻き込まれ」てはならないもの、として捉えている。だから、日本の漫画では、主人公が「政治的なもの」に主体的にコミットする場面が描かれることは少ない。「政治的なもの」に関わる人間は、狂信的な、残忍な、あるいは愚かな人間として描かれる。「政治的なもの」から距離をとる作者のそうした態度こそが、今の日本では、世の中を冷静に俯瞰して見ている「格好良い」ことだとされているのだ。だが、実際は、上に述べたようにわれわれはすでに「巻き込まれて」いる。そのことに気づかないふりをしているだけなのだ(それを「自己欺瞞」と言う)。
 最後に、『クルドの星』の終盤のSF描写についてだが…。ネタバレになるが、本作のSF設定をいくつか書き出してみる。

  • 旧約聖書ノアの方舟)がモチーフ
  • 秘密の研究室の地下に「アダム」が保存されている。
  • 「アダム」とは、20年前にアララト山で研究者が発見した氷づけの古代人
  • 「クロマニヨンはどこからきたのか…ひょっとすると彼らは外来者=宇宙人じゃないのか」との言及あり(上巻128ページ)。
  • 研究者だった主人公の父は、主人公の母の母体とアダムの生細胞を使ってアダムのクローンを生みだす

 等々。どうだろうか。1990年代に一斉を風靡したあのアニメのことを思い出したのは私だけではないと思う(ネット上では、両作品の類似性について言及している人は見つけられなかったが)。『クルドの星』が、某アニメのストーリーの発想元の一つだった可能性はあるのではないだろうか。
 本人も公言しているが、庵野秀明は先輩アニメーターである安彦良和から多大な影響を受けているようだ。しかし、「政治的なもの」に対する態度について言えば、両者は全く違うと言えるだろう。庵野が監督した『シン・ゴジラ』の中で、市民のデモ隊が、徹夜で働く政府の役人と対比して、とても「格好悪い」ものとして描かれていたことからもわかるように*6

 

*1:安彦良和といえばガンダム、かもしれないが、私はガンダム世代にもかかわらずガンダムにははまらず、というかはまりそこねて今に至る。そのことについてはそのうち書こうと思っている。

*2:「アタチュルク」とは「父なるトルコ人」という意味

*3:ジローはその後、イラクでのクルド人蜂起の指導者になってほしいとデミレルの要請を受けるのだが、ジローはこのときもまた「いやだ」とはっきり断っている(失踪した父親の手がかりを求めてアララト山に向かうことを決断していたため)(上巻233〜235ページ)。

*4:架空実在を問わず、大国の正規軍が「格好良く」描かれる漫画ならいくらでもあるが。

*5:「黒人作家のリチャード・ライトが最近、言っている。「合衆国には、黒人問題など存在しない。あるのは白人問題だ」と。これと同様に、われわれは、反ユダヤ主義は、ユダヤ人の問題ではない、われわれの問題であるということが出来よう」(サルトルユダヤ人』岩波新書、187ページ)。

*6:もちろん、政府の役人を「格好良く」描くのも「政治」なのだが、その自覚はないだろう。