入管の思想

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「外国人の永住許可の要件を定めたガイドラインについて、出入国在留管理庁がまとめた改定案が判明した」というニュース。「入管難民法は、永住許可の要件を①素行が善良②独立の生計を営める③日本国の利益に合う――と規定。入管庁はガイドラインで詳細を定めており、今回の改定で②と③を厳しくする」のだという。

 ②の独立生計要件について、現行のガイドラインは「公共の負担にならず、安定した生活が見込まれる」と定める。
 改定案は、将来にわたり「自活可能」で、「日本人と同等水準以上の経済条件」が必要と明記。原則として、日本人世帯の平均を上回る年収があり、年金の受給見込みがこの水準で30年間働いて厚生年金に加入していた場合に受給できる額に達していることを求める。

 1951年ポツダム政令として「出入国管理令」が公布された。翌年サンフランシスコ講和条約の発効で法律となったこの政令が現在の「入管法(出入国管理及び難民認定法)」の前身である。
 この「出入国管理令」第24条には、退去強制事由として、

ハ 癩予防法の適用を受けている癩患者
ニ 精神衞生法に定める精神障害者で同法に定める精神病院又は指定病院に收容されているもの
ホ 貧困者、放浪者、身体障害者等で生活上国又は地方公共団体の負担になつているもの

が含まれていた。
出入国管理令 - Wikisource
 また、1965年「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」で有名な『法的地位200の質問』で、著者の入管官僚池上務は「外国人は自国以外の他国に住む『権利』はないのである。だからどんな理由をつけても(国際法上はその理由すらいらないとされている)追い出すことはできる」とか「国家は外国人の入国・在留に関しては自由裁量権を持っている」「生活保護を受けないと生活ができないような外国人は国外に追放されるのが国際慣習上の原則である」が、日本政府が、在日朝鮮人の場合そうしないのは「全く異例、恩恵の措置」などと書いている。
法的地位200の質問 - 国立国会図書館デジタルコレクション
 1981年に入管法が改正されてやっと、ハンセン病患者、精神障害者、貧困者は退去強制事由から削除された。
高橋済「我が国の出入国管理及び難民認定法の沿革に関する一考察」(「中央ロー・ジャーナル」12号、中央ロー・ジャーナル編集委員会、2016年)
 だが、入管の思想は何も変わっていなかったのである。

また

 ③の国益要件について「積極的かつ具体的に日本国に利益をもたらす必要がある」と明記。国際基準で「自立した言語使用者」とされるレベル以上の日本語能力や、日本の制度やルールに関する理解度を考慮要素とする。
 外国人の子が地域社会にスムーズに適応するためには、日本の教育を受けることが必要だとして、学齢期の子を就学させていない場合は消極的に評価する。

の「学齢期の子を就学させていない場合は消極的に評価する」には怒りを覚える。国は、「日本に利益をもたら【させる】」ために外国人労働者を呼び続けておきながら、子どもの権利条約を無視して「外国人の子どもの保護者には就学義務はない」と外国人の子どもの不就学問題を放置し、2019年まで調査すらしていなかった。自分たちが生み出した問題の責任を被害者に押し付け、さらにそれを被害者の攻撃のために利用するいつもの卑劣極まりないやり方だ。
 例えば2023年に、田中宝紀氏は「外国籍の子どもの不就学、背景にあるものは?」というインタビュー記事でこのように言っている。
外国籍の子どもの不就学、背景にあるものは? 田中宝紀さんに聞く:朝日新聞

 ――なぜ学校に通っていない可能性のある、外国籍の子どもがいるのでしょうか。

 外国籍の子どもの保護者には、就学義務がありません。そのため、とっている対応も自治体でばらばらです。「受け入れ態勢がないから日本語ができるようになったら学校に来てくださいと、学校や自治体から言われた」というケースもありました。
 最も問題だと感じているのは、「除籍」という対応が珍しくないことです。学校と保護者の間で連絡が取れないまま欠席が続くと、学校側で一方的に、名簿から外国籍の子どもを外してしまうことがあります。
 保護者が、無国籍や在留資格がないなど不安定な立場の場合、通報されるのを恐れて、公的機関を遠ざけることもあります。その結果、子どもの教育が二の次になってしまうのです。

 ――2019年に文科省が初めて外国籍の子どもの就学状況調査を行った時は、学校に通っていない可能性のある子は約2万人いました。そこから対応は進んでいると思いますか。

 2回目の21年5月に行われた調査では、約1万人にまで減りました。裏を返せば、調査をするまで、この問題にいかに関心がなかったか、ということです。
(……)
――住民基本台帳に記載はあっても、教育委員会が就学状況を把握できていなかったり、所在を把握していなかったりする子の数は、今回の調査では約7千人でした。減ってきていますが、ゼロにはまだ遠いです。

 そもそも、所在を把握していない子どもがいること自体、考えられないことです。命の安全にも関わります。日本国籍の子でそんな状態であれば、大問題ではないでしょうか。
 子どもにとって教育を受けることは権利です。就学希望があるなら受け入れてあげる、という恩恵的なものではありません。根本の考え方から変えなければいけません。

「抵抗するとひどい目に遭うのでおとなしく金を渡そう」と宣伝している強盗……それが入管

「もっと早く帰ればよかった」強制送還外国人の「後悔の声」で帰国説得 ゼロプラン強化策(産経ニュース)
www.sankei.com
 いつもの産経の入管広報記事。

不法滞在外国人の対策を進める出入国在留管理庁は、すでに強制送還された外国人が口にする「もっと早く帰ればよかった」といった後悔の言葉を資料化し、自発的な帰国への説得に役立てることを決めた。「不法滞在者ゼロプラン」の強化推進策の一環で、チャーター機による集団送還の再開など多角的な送還手法も検討。令和8年1月時点で約6万8千人いる不法残留者の帰国を進めるとしている。

 「お客様のご好評の声をあつめることにしました」みたいなノリというところが呆れる。普通「お客様の声」というのは、「後悔の声」とは逆で「買ってよかった」という喜びの声だ。会社がそれらを集めるのは、それによって、いかに自社の商品やサービスが良いものであったかを宣伝するためだ。それに対して、「買わなければよかった」というような「後悔の声」は、会社としては最も利用者に見てほしくない言葉だが、今後のサービス改善に活かすため、そうした耳の痛いお言葉も隠さずに公表する、ということはあるかもしれない。だが入管は、ウィシュマさん事件のビデオ映像をいまだにほとんど公開していないことに象徴されるように、自分たちにとって耳の痛い情報は徹底的に隠蔽する。
 もちろん、「後悔の声」を集めて公表して人々に警告を与える、というパターンもあるにはある。例えば、警察が、詐欺事件の被害者の「後悔の言葉」を集める、というような。しかし、入管がやろうとしていることはそれとは全然違う。なぜなら、強制送還されてひどい目にあった被害者の声を、他ならぬ加害者である入管が集めようとしているからだ。むりやり例えるなら「抵抗したら殴られて怪我をした、抵抗せずにおとなしくお金をわたしておけばよかった」という強盗被害者の「後悔の声」を、加害者である強盗が集めて公表しようとしている、というようなものである。「強盗に入られたときは抵抗するとこんなひどい目に遭うので、おとなしくお金をわたしましょう」と宣伝している強盗……それが入管である。
 入管の言うところの「不法滞在者」は、在留特別許可を出すべき人に出す、国際基準に沿って難民認定をする、という当たり前のことをすれば、減る。ところが入管は、送還で「不法滞在者」を減らす、という方針に固執し続けた。そのことによって2007年以降入管収容施設で18人、空港で1人が死亡している。それに対する入管の「後悔の言葉」を聞いたことがない。 

人を奴隷扱いするなという話

news.yahoo.co.jp

(特定技能・技能実習生の)国籍はインドネシア、フィリピン、ミャンマー、ネパール。1カ国に集中させないのは、地方なりの理由がある。(鹿児島県の農業法人)高井田アグリの加藤ちどり取締役は「ひとつの国になっちゃうと、あの子たちの日本人が知らないネットワークが多分あると思うので、ここの職場いいよ、お金高いよ、となると一気に「私も移動したい」ってなっちゃう。そうしたら一気にいなくなってしまうと、こちらも仕事がまわらなくなってしまう」と実情を明かす。

 どんな「実情」があろうと、こんなフザケたことが、地方なりだろうが何なりだろうが、「理由」として成り立つわけがないだろう。「日本人」にも、給料や待遇がより良い職場に行かせないように情報を遮断するのか?タコ部屋にでも閉じ込めて?
 亀井伸孝氏の言うように、「おぞましい」としか言いようがない。

「出身国の違う実習生を混ぜて受け入れる」というのは、奴隷の団結と抵抗を恐れたかつての奴隷主と同じ発想。
それが、日本の現状。おぞましい
https://x.com/jinrui_nikki/status/2066002621341810878

 そもそも技能実習制度は、(2024年から若干緩和されたとはいえ)実習生の転籍(職場を変えること)を原則禁止している。制度そのものがもともとまぎれもない「奴隷制度」なのである。
 鹿児島県の監理団体の代表はこう言う。

ベトナムなどでも建設業といったら、ひとりも集まらないような状態。九州はもともと賃金が東京と200円くらい違うので、そうなると高いほうにいってしまう。(東京は)物価も高いけどその辺があの子たちにはわからない。もう限界、集まらないし無理かなと思って。本当にどこの国探そうかなという

 「もう限界、集まらないし無理かなと思って。本当にどこの国探そうかなという」というセリフは、完全に「奴隷が見つからなくて困っている奴隷商人」のセリフだ。しかし、記事の書き方ではまるで「可哀想な被害者」であるかのようで、グロテスクきわまりない。
 で、困った結果見つけたのが、アフリカだというのだ。

(……)アフリカの技能実習生はまだ来ていないので。コミュニティとかがないから。他の国に比べると失踪も防げるのではというのが一番。他の国(から来た実習生)は横のつながりで、地域の最低賃金だとか全部わかっているわけですから

 この監理団体には「なんで奴隷の国から黒人入れるんだ」という匿名電話があったという。もちろんこれは、アフリカ人を「奴隷」と蔑み、しかも「奴隷は来るな」、という二重のヘイトスピーチだ。これに対して、監理団体代表は「なんでそういうことを言ってくるのか。外国人がいないと何もできないわけじゃないですか実際」と反論するのだが、結局この人は「奴隷を入れないと日本はやっていけない」と言っているにすぎない。「入れる」「入れない」の話ではない。人を「奴隷」扱いするな。当たり前の話だ。

三重県の外国人採用取りやめ検討をもっとまっすぐに批判しよう

先月(5月8日)毎日新聞にこんな記事が掲載された。

三重の外国人採用取りやめ検討 背景にある出来事と知事の経歴 - 毎日新聞
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 これ、たんなる差別扇動記事だと思う。「一見氏が強い思い入れを抱く背景には、自身の経歴と2年ほど前の出来事があるという。」だからなんだというのか。差別者が差別するようになった理由を伝えることにどんな意味があるのか?

都が窓口業務を民間業者に委託していた池袋のパスポートセンターで、申請者ら1920人分の氏名や生年月日などの個人情報が不正に持ち出された。従業員だった中国人の女性が約3年間に、戸籍謄本や住民票の写しをコピーしたり、付箋に書き写したりしていた。県職員や県議らは、一見氏が「三重でも同じ事が起こるのではないか」と懸念を強めたとみる。そして、一見氏の経歴にも着目する。
 一見氏は東大法学部を卒業して86年、運輸省(現・国土交通省)に入省。大臣秘書官や海上保安庁次長、内閣府の総合海洋政策推進事務局長などを務めた。
 県内選出の国会議員は言う。
 「彼は海保時代の尖閣諸島での対応などで国家の安全保障に関わっていて、危機管理についての関心が非常に高い」

そうなんや……ほなしゃあないか

……てなるかボケ!!!

 そして今日、また同じような記事が…と思ったら前のは毎日で今度は朝日か!まったくどいつもこいつも……

外国籍職員の採用取りやめ?「国籍要件の復活」急ぐ三重県知事の狙い
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 「中国の脅威」とか言っておけば「ならしょうがないか」と何でも通ると思ってる。朝日も毎日も、こと中国が関わるとこんな論外の差別主義者への批判の論調が明らかに鈍る。

元国土交通省の官僚で、海上保安庁次長時代は、海の危機管理などを担った一見知事。複数の県関係者によると、念頭にあるのは中国政府の動きだという。中国は17年、国内外の組織や個人に国家の諜報(ちょうほう)活動への協力などを義務づける「国家情報法」を制定しており、一見知事は、他国でもこうした法律が作られる可能性がある、と指摘。外国籍の人が採用されても地方公務員としての守秘義務とのはざまで苦しみかねない状況が生じうる、とし、早ければ26年度の採用試験から国籍要件を復活させる意向を示していた。

 「他国でもこうした法律が作られる可能性がある」て、いや「うなじが男子を欲情させるかもしれないからポニーテール禁止」の校則並みに想像力たくましすぎだろ。とにかく「外国人」全体を排除する理屈をでっち上げたかったのだろうが。
 「外国籍の人が採用されても地方公務員としての守秘義務とのはざまで苦しみかねない状況が生じうる、とし」
 出た!差別のアウトソーシング!*1

差別じゃないんですよ。あなたのためを思ってなんです。もしわれわれがあなたを採用したら、あなたは中国のクソな法律のせいで苦しみかねない状況が生じうるでしょう(あるいは、ひょっとするとあなたの国も作るかもしれないクソな法律のせいで、いつかあなたも苦しみかねない状況が生じうることが全くないと言えなくもなくもないでしょう)。そうなったらあなたがかわいそうだから、最初から採用しないんです。恨むなら、あなたが苦しみかねない状況を生じさせるかもしれない法律を作った中国(やひょっとすると中国のような法律を作るかもしれないあなたの国)を恨んでください。

滞在し就労している人たち

市の不法滞在巡るX投稿、抗議相次ぎ削除 兵庫・豊岡(毎日新聞)
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「ピーク時から大幅に数が減る中で、『多数の不法滞在者』という表現は事実に反し、外国人全体への不信感や偏見につながる」
「普通に生活する外国人も不法滞在と思われてしまう」などと抗議する内容
「豊岡署から受け取った文章をそのまま投稿した。不法滞在や不法就労と関係ない人にも不快な思いや不安を与える内容だった」

 差別反対の意図で言ってるつもりかもしれないけど、こういう表現はモヤモヤする。そもそも「不法滞在」「不法就労」に「不信感や偏見」「不快な思いや不安」を持つこと自体おかしくない?「不法滞在者」も「普通に生活」してるってば!
 入管やマスコミなどが使う「不法滞在者」という言い方は使うべきではなく、「非正規滞在者」と言うべきだ、と言われており、それはそのとおりだと思う。しかし、「滞在」や「就労」には不安を感じないはずなのに「不法」がついたとたん不快や不安を感じること自体が偏見以外の何物でもないではないか、とも思うのである。 
「溺れかけてるのを助けてもらったけど、今のは普通の救助じゃなくて不法救助だったのだろうか?不安だ」
「荷物を持ってもらったけど、今のは普通の人助けではなくて不法人助けだったのだろうか?怖い」
 いや救助は救助だし人助けは人助け。滞在は滞在だし就労は就労。
 昔原発事故の後「お上の言うことは正しいというのは幻想だが、それでも私は政府の言う通りにする」というようなことを言ってた人がいた*1。「不法人助け」を受けるより「合法詐欺」にかかったほうがいい、という臣民がいかに多いか。

*1:この記事( 「ニッポンは素晴らしい」 - 猿虎日記)で紹介した、堀井憲一郎『いつだって大変な時代』(講談社現代新書、2011年)の中の文章。

フザケルナ!ゼロプラン強力推進パッケージ

5月23日、新宿の「入管法改悪反対アクション」に行ってスピーチしてきました。話した内容です(実際の発言を修正しています)。

 非正規滞在の外国人を減らすため強制送還を推進する「ゼロプラン」が5月からはじまっています。昨日22日の朝、法務大臣は、ゼロプランをさらに推進する「強力推進パッケージ」を発表しました。人命が関わっているのに、まるで商品のキャッチフレーズのようなフザケたネーミングに怒りがわきます。その「パッケージ」の中に「仮放免者らの再収容による帰国説得」というのがあります。これこそ、諸悪の根源とも言える、何度も失敗してきた入管の方針です。これを性懲りもなくまたやろうというのです。
 入管がゼロプランで増やしている強制送還、護送官つき国費送還は、きわめて非人道的なもので、2010年には国費送還の途中でガーナ人が空港で入管職員に殺害された事件も起きています。しかし、この方法は人手もお金もかかるので、むしろ見せしめ的に行われているという面がある。入管による送還のほとんどは、自分でお金を払ってチケットを買って帰国する「自費出国」です。入管はこれを「説得」するわけですが、どうやってするかというと、収容して、病気になっても医者に見せないなどひどい状況において、帰国しないとここから出られないよ、と説得するのです。入管収容施設は、退去強制令書が出された外国人を、法的に無期限に収容することが可能だからです。帰国しないとひどい目にあうぞ、ということが「説得」ですか?「説得」なんかではない。「拷問」です。ウィシュマさん事件で入管の医療体制の不備、等と言われますが、「不備」というのは入管の力不足なのではなく入管は拷問のために医療体制をあえて不備にしているのです。ウィシュマ事件の入管による報告書に「一度仮放免を不許可にして立場を理解させ強く帰国を説得する必要あり」と書かれています。入管は拷問を自覚的にやっているのです。その拷問の被害者、入管が「送還忌避者」と呼ぶ人たちが生まれた歴史を考えなくてはいけません。1992年にはオーバーステイは約30万人もいたのですが、これは、人手不足の日本でオーバーステイを明らかに増やして労働力として利用していたのです。それが、2000年代になると、今まで利用してきた労働者を「不法滞在者」などと呼んで帰そうとした。多くの人は帰国し、また当時大量に在特(在留特別許可)を出したことでオーバーステイは激減しました。しかし、帰れなかった人、すなわち難民、家族がいる人、日本で生まれ育った子ども、何十年も日本で働いてきたので帰国してももはや生活できない人、この人たちを、「説得」という名の「拷問」によって帰国させようとしたのです。2010年ごろ長期収容の外国人が入管収容施設にあふれ、多くの自殺者も出て、被収容者がハンストを行い、このときから仮放免者が増えました。2015年には3600人を超えました。入管はこの仮放免者たちも「説得」して帰国させようとしましたが、それでも帰国しないので、2015年以降、当時の入管局長は、各入管施設に、仮放免者を再収容して帰国を説得(という名の拷問)しなさい、という通知・通達を次々に出しました。それによって起こったのが、何人も死者が出た地獄のような「長期収容問題」です(それを解決するとして強行されたのが、2023年のあのどうしようもない入管法改定です)。そもそも2015年以降の強硬路線は、すでに2010年に破綻し不可能なことが明らかになった、帰国できない人を長期収容で苦しめて帰国させるという同じ方法を性懲りもなく再び採用したものだったのです。今回の「仮放免者らの再収容による帰国説得」で、入管は、巨大な犠牲のもと2度失敗した方針をまた繰り返そうとしています。2007年以降入管収容施設で18人、空港で1人が死亡しています。
 入管は、仮放免者をいじめて帰国させようとしできました。でも仮放免者はいじめられても帰国しない。帰国できないからです。すると入管はどうしたか。いじめても帰らないから、もっといじめよう、と。もういい加減この方法では無理なのです。じゃあどうすればいいのか。難民には国際基準に即して難民認定し、それ以外の帰国できない人には在特を出せばいいのです。そうすれば仮放免者は確実に減ります。ゼロプラン強力推進パッケージの本質を見抜き、反対していきましょう。

プラカード「フザケルナ!ゼロプラン強力推進パッケージ」

バスに乗るのはむずかしい

「はてなハイク」というところに2009年に、はじめてバスに一人で乗ったときの思い出を書いたことがある。もう17年も前ということになるが、5年ぐらい前に書いた気がする。恐ろしいものだ。「はてなハイク」は2019年にサービス終了してしまったので、waybackmachineでサルベージしたものをこちらに載せておくことにする。

web.archive.org

そういえば私、みんなでやる「ゲーム」ってにがてなのだった。なんていうか、非明示的ルールを瞬時に把握するという、どうやらみんなが持っているらしい能力が根本的に欠如しているのではないか、という思いにかられてしまう。「あ、おれみそっかすなの?」みたいな、子供のころに感じた悲しい気持ちがたまによみがえってくる。

小学生のとき、はじめて ひとりでバスにのったとき、乗ったはいいけど バスの りょうきんの はらいかたが まったくわからず、おりなくてはいけない ていりゅうじょに ちかずくにつれ、ぱにっくに おちいった。「じょうしゃけんを とって、そのばんごうと うんえんせきの うえに ひょうじされている 表を しょうごうして 料金を かくにんする」、というやりかた。いまなら、とうじの わたしに「それ、はっきりいって とても むずかしいよ」と いってやりたいのだが、でも、とうじは「【そのぐらいのこと】は、【みんなが】やってるのを みていれば、しぜんと おぼえるでしょ?そのていども ひとりで できないの?(ためいき)」てきな くうきを ひとりでかんじて、とてもストレスになっていた。

で、ていりゅうじょに ついて、どうしたかというと、ほとんど あたまが もうろうとして、しんぞうが ばくばくしたまま、とりあえず、おりるひとの れつに ならんだ。じぶんが りょうきんを はらう ばんに なったけど、じぶんが いったい いくらはらえば いいのか、ていうか、なにをすれば いいのか わからない!とりあえず、ふるえる てで、なんか、てきとうな がくの こぜにを りょうきんばこに、いれてみて、うんてんしゅの はんのうを うかがったところ、すごく こわいかおをして むごんの まま…。「た、たりないのか!」とおもって、さらに、すこし こぜにを ついか した。それでも、こわいかおの まま。うしろに、ひとは ならんでいるし、ほんとに もじどおり ぱにっくになりつつ、さらに こぜにを なんかいか、ついか したのだが、いいのか、わるいのかも、よくわからない。で、よくおぼえてないのだが、うんてんしゅに「はやくしろ!」とか どなられたと おもう。でも、もんだいが わからないまま こたえを だしている わけで「ゆるしてください」てきな もじどおり 半ベソ じょうたいだったと おもう。 

けっきょく、「ただしい」 りょうきんを はらえたのか(もちろん じょうしゃけんを とっていないので むけん の がく)、それとも、おーばーして はらってしまったのか、わからないけど、さいしゅうてきには、バスから おりることが できた。というか、「おろして もらえた、ゆるして もらえた」という きぶんだった。その、りょうきんばこの まえでの、すうふんかんは、むげんの じかんの ように おもえて、いまでも おもいだすと、きゅっと むねが いたむような かんじ。

「ばかだなあ、わからなかったら うんてんしゅさん とか、まわりの ひとに、きけば よかったじゃないか」とか、「コミュニケーションりょく(そんな ことばは とうじ なかったけど)が たりない、おまえが わるいんだよ」と いわれたり、いわれるんじゃ ないか、と おもうたびに、また むねが きゅっと した。「コミュニケーションりょく」ていう ことばが でてきた とき、ほんとうに いやだった。

いまの わたしは、まがりなりにも なんとか、バスに のったり、まちなかで 「ふつうに」こうどう できている。ほうこう おんち だし、はんたいほうこうの でんしゃに のっちゃったり、とか まだあるけど、いちいち、むねが きゅっと なったりは しない。だけど、いまでも まいにち「どうすれば いいの?どうすれば ゆるして くれるの?」と 半ベソに なっているひとが、いっぱいいる はず。「だれも おしえてくれない ルールを しらない わたしが わるいのか?」という ぎもんは もっともな ものだ、と とうじの わたしと、いま つらいおもいを しているひとに いいたいですね。

といいつつ、わたしは、たとえば、パソコンのつかいかたとか、ビデオとか、きかいの そうさ とか、むかしから そんなに ふじゆうしてなかった。で、そういうのが にがてな ひとに たいして、「なんで、そんなことも わからないのかな?」てきに おもってしまう こと すら、あるかも。反省 します。でも パソコンも プログラム とか、わからない。パソコンの せかい でも、「シロートは こまったもんだ そんなことも しらないのか」みたいの、「ググレカス」みたいなの、まんえんしてるけど、やっぱり むかつきますね、そういうのは。

まあでも、あるねんれい いこうは「バスの のりかたも わからない なんて、かほごで おんしつ そだちの ブルジョワ だからだ」みたいな こえも かってに かんじて むねが きゅっとなる こともあったりして…。「くちさきだけ いさましくても うんどうの じつむてきな ぶぶんは あたりまえの ことすら しらない、できない」「けんりょくと かけひき とか、ぜんぜんだめ」てきな コンプレックスも あったりしてw なんか つながってるんだけど、もやもやする