煮て食う(強制送還)か焼いて食う(無期限収容)しか能がない入管は解体せよ

「強制送還倍増計画」数値達成自体が目標になっていないか 以前は説得に応じない人だけだったのに」「東京新聞」2026年9月5日

 東京出入国在留管理局(東京入管)が今夏、帰国の意思を示し航空券も購入していたトルコ出身のクルド人家族などを、強制送還していたことが分かった。政府は非正規滞在者を対象にした「ゼロプラン」で、国費による強制送還の人数を倍増させるとしているが、支援関係者からは、数値目標や予算消化ありきなのではないかと疑う声も出ている。(池尾伸一、飯田克志)

www.tokyo-np.co.jp

 この記事にはこう書かれている

政府は非正規滞在者を生む外国人行政のひずみは放置したまま、送還体制の強化に躍起になっている。

 そう、「非正規滞在者」は、外国人行政によって「生み出されている」。記事にあるように「入管庁の難民認定基準は国際比較で極端に厳しく、難民認定されず在留資格を失っても「命の危険があって怖くて帰れない」と帰国できない人も多い。技能実習生が受け入れ先で暴力を振るわれ逃げ出すケースも絶えない」ということによって、非正規滞在者は「生み出されている」のだ。
 つまり、非正規滞在者を自ら増やしておいて「減らす努力をしています」とアピールしているのが入管だ。まさに「マッチポンプ」である。
 マッチポンプの例えをもうちょっと実際に合わせて変えてみると、こんな感じだろう。

  1. 人の家に火をつける
  2. そこの住人を「こいつらが放火犯です!」と宣伝する
  3. 「放火犯をとりしまれ!」という声を煽る
  4. 被害者住人をいじめて「放火犯をとりしまつてます!」と宣伝する


問題は「自分で増やしておいて減らす」の、「減らす」の方法で、「強制送還(国費無理やり送還)」か「長期収容していじめて自主帰国を促す」かの二択になってしまっている。入管官僚だった池上務が、外国人は「煮て食おうと焼いて食おうと自由」と言った*1というのは有名だが、それでいうと、「強制送還」が「煮て食う」で、「長期収容」が「焼いて食う」なのだ。
 上記記事でお二方の弁護士の見解が紹介されている。

今回の対応について渡辺彰悟弁護士は「自分で帰国する意思を示しているなら少し待てばよいだけ。性急に送還して本人たちに屈辱を与えるのは不当だ」と批判する。

駒井知会弁護士は今回の事例についても「予算消化が目的のようにみえ本末転倒だ。もっと丁寧に本人の意思確認をするステップを踏むべきだ」と警告する。

 しかし、長期収容が横行していた2010年代に実際に行われていたのは、「帰国しない意思を示している」場合でも「少し」どころか、法律に期限が書いてないことを悪用して「無期限に」収用して「待つ」(収用は船待ち飛行機待ちのためと入管自身が言っているのだが、これではもはや「待つ」の意味は崩壊している)ことと、また、「丁寧な意思確認」とはほど遠い、自主帰国するように「翻意」させるための恫喝、脅迫、医療放置などの虐待、であった。
 「強制送還」と「無期限収用」というこの2つの犯罪手口は両方ともずっと行われていたが、2010年に、ガーナ国籍のスラジュさんが強制送還の途中空港で入管職員に制圧によって殺害され、その後、前者の無理やり送還という手口は(入管にとって)「やりにくく」なった。そこで、後者の「長期収容していじめて自主帰国を促す」の手口がどんどん増えていった。これで多くの死者が出て、特に2021年ウィシュマさんの死亡が世間の注目をあび、またコロナ禍もきっかけで、この手口も「やりにくく」なった。で、結局また前者の「無理やり送還」という手口を増やすに至った、という、どうしようもない流れだ。
 排外主義が高まっているので(これも自分たちで煽って高めた結果だが)「多少荒っぽいやり方をしても批判は来ないだろう。仕事がやりやすいぜ」とでも思っているのだろう。ただし実際は、非正規滞在者を全員強制送還することなど不可能なので、この手口も、主に排外主義者へのアピールと、非正規滞在者への脅しの意味が強い。
 しかし、非正規滞在者を減らすもう一つの方法、入管がかたくなに使おうとしない方法がある。非正規滞在に在留資格を与えればいいのである。そうすれば非正規滞在者は確実に「減る」。2000年代の「不法滞在者半減5カ年計画」のときは、入管はその「方法」も結構使っていて、5万人も在特(在留特別許可)が出た、ということは知られている(【入管闘争市民連合パンフレット】増補版「なぜ入管で人が死ぬのか〜入管が作り出す「送還忌避者」問題の解決に向けて〜」14頁*2)。
 だが、いまの入管は絶対このやり方を取ろうとしない。なぜなら、これをやって正規滞在者が「増える」と、自分たちの味方だと思っている排外主義者たちの支持を失ってしまう、と怯えているからだ。
 とにかく、何かすると言えば「拉致する」「監禁する」「脅す」「虐待する」みたいな方法しか思いつかない入管とは、本質的にまさしく「組織暴力」でしかないのであって、そんなもの本当はいったん解体するしかないのである。
 サルトルは「植民地主義は一つの体制(システム)である」という文章の中で、「植民者に良いのと悪いのがいる」と考える新植民地主義に警戒せよ、と言った*3。「良い植民者がおり、その他に性悪な植民者がいるとういようなことは真実ではないからだ。植民者がいる。それだけのことだ。」*4これをもじって言えば「良い入管と悪い入管がある」というのは事実ではない。体制(システム)としての入管がある。それだけのことだ。

*1:『法的地位200の質問』京文者、1965年、167頁

*2:入管、外国人、ウィシュマ | 入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合 | 日本

*3:Sartre, Jean-paul, «Le colonialisme est un système», dans Situations, V, Gallimard, 1964, p.25. サルトル、多田道太郎訳、「植民地主義は一つの体制である」『植民地の問題』人文書院、二〇〇〇年、三一頁.

*4:Ibid. p.27. 邦訳三三頁。

コラムににじむ歴史観 私が中村文則さんに感じた「絶望」

 毎日新聞に作家の中村文則氏のコラム「式辞ににじむ歴史観 中村文則さんが高市首相に感じた「不安」」(「毎日新聞」2026年9月4日)が載っていた。
mainichi.jp

 私は、中村氏が10年前の2016年に朝日新聞に書いたコラムのことを当時twitterで批判した↓。

↓これで思い出したけど、(2016年)1月11日に朝日に載った中村文則という人の文章http://digital.asahi.com/articles/ASHD23R1JHD2UPQJ003.html?_requesturl=articles/ASHD23R1JHD2UPQJ003.html&rm=989
ゆたぽん。さんのこれに尽きるんだけどhttps://x.com/yutanpo1984/status/686371731225747456

 2000年ごろ「右派の本」を見せて日本を美化するバイト仲間と議論した、て話だが、反論というのが「友人が第二次大戦の日本を美化する発言をし、僕が、当時の軍と財閥の癒着、その利権がアメリカの利権とぶつかった結果の戦争であり、戦争の裏には必ず利権がある、みたいに言い」なのよね…

 その後も「右派の本で第二次大戦の日本を美化し」「過去の汚点、第二次大戦での日本の愚かなふるまい」と常に「第二次大戦」。「日華事変」という言い方も酷いが*1、日中戦争がそも眼中になかったぽいこの人はある意味もっと酷くないだろうか。それでも右派ではない自認できる時代がずっと続いてるよね

 「過去の汚点」「戦争に巻き込まれ」等々その他突っ込み所しかない様に思うがこれでも「僕は九条は守らなければならないと考える」と書いただけで左派とさえ認識されてしまうのか。あと読み直したら大学の友人とバイト仲間は別人なのね。どちらについても本人が「第二次大戦」と書いているわけだ。

 あと「日本の愚かなふるまい」、「利権」がどうの「癒着」がどうの、「裏で様々な利権が絡み合う戦争」などと書いてて、この人にとって戦争の悪さって「愚かだから」とか「利権だから」とかでしかないんか。ぜんぜん「人権のにおい」しないじゃん、ていう…。

 
 で、今回の毎日新聞のコラムはというと、全然変わっていなかった。

僕も含めた、人権重視のリベラル的な考えを、あえて一度わきに置いて語ろうと思う。なぜなら、国家の繁栄のみを考える冷酷な思想に立っても、当時の日本の選択は完全に間違っていたからだ。

 て、「わきに置いて」後で戻ってくるかというと、別に戻ってこない。「あの戦争は、歴史を丹念に辿れば、誰がどう見ても、避けることができたものだ」として披露するのが、こう言ってはなんだがネトウヨみたいな歴史観で、結局、「利権」を追い求めたこと、天皇を軽視したことが「過ち」だった、という話だった。

米国から石油の大半を輸入しておいて、米国と利権を争い敵対し続ければ、石油を止められるに決まっていた。満州でも米国による鉄道の共同運営提案等を蹴り、独占の道を突き進んだ。満州利権――阿片(あへん)も含めた――に一部の商人、一部の軍部、一部の政治家が猛進した結果だった。隣にソ連があるのに、満州の長い国境を守れるはずがない。(……)

 等々とずっとそんな話が続き、10年前というか、氏が2000年頃バイト仲間の右翼に「反論」したという内容と全然変わってない。10年前のコラムもそうだが、日本による植民地支配、侵略戦争、虐殺の話が一切ない。まあ「あえてわきに置いて語った」のかもしれませんが。

 一部の軍人達(たち)は、昭和天皇を明らかに軽視していた。彼らにとって日本は国民でも国土でもなく、天皇でもなく、満州だったとしか思えない行動を取り続けた。その軍の一部がようやく降伏判断を受け入れたのが、ソ連の満州への残酷な侵攻だった。

 ソ連の対日参戦を「残酷な侵攻」と言うが、そもそもそこにいた天皇の軍隊による「残酷な侵攻」のことは全然触れられない。

ドイツでナチス称賛が違法な理由は、人間社会がいつでもああなると知ったからだ。周辺国への配慮というより、自分達がまともでい続けるために、法律で禁じたのだ。
 日本も当時の社会に近づけば、同じ過ちを繰り返す。だから戦後、言論・報道の自由を確保した。近隣国のためでもあるが、自分達のためだった。私達は、私達のために、当時の日本の国家体制を復活させてはならない。

 「過ち」を繰り返さないのは「自分達」「自分達のため」「私達のため」。……ああ、そうそう、「近隣国のためでもある」って一応言っておかなきゃね……。

 「人権重視のリベラル的な考え」を持った中村氏のコラムの最後の締めくくりは

歴史は繰り返す。当時の軍人の一部は天皇を軽視したが、今の与党はどうか。少なくとも、現在の皇室に対して敬意があれば、皇室典範をあのような形で改正などしないと思うが、どうだろうか。

 皇室に対して敬意を払わぬというような不届きな「過ち」は繰り返してはいけない、ということか。

*1:中村文則氏が「日華事変」と言っているわけではありません。「↓これで思い出した」の「これ」とは flurry氏のツイートで指摘されている小学校学習指導要領に書かれている「ケ 日華事変,我が国にかかわる第二次世界大戦,日本国憲法の制定,オリンピックの開催などについて調べ,戦後我が国は民主的な国家として出発し」のこと。

温暖化懐疑論の左派

上がっている 昨日の記事で、洪水に関して、地球温暖化というはっきりしていない「遠因」よりも、観光開発などの「近因」の方が問題ではないか、と主張する斎藤美奈子氏のコラムをとりあげた。
sarutora.hatenablog.com

 すると、mastodonで、斎藤美奈子氏は過去にコラムで池田清彦氏の温暖化懐疑論を絶賛していたということを教えてくれた方がいた。そのコラムは見つからなかったが、とりあえず見つかったという以下の「AERA」の記事も紹介してくれた。
I found my voice finally: "@sarutora@fedibird.com 先の記事はもう見つからないようでも、本人のスタンスは…" - Mastodon

dot.asahi.com

 「気候で読み解く日本の歴史」という2013年9月19日のコラム(「AERAデジタル」)で、斎藤氏はこのように言っている。

 今般の地球温暖化には人為的な要因もそりゃあるだろうが、それだけともいいきれない。太陽活動は21世紀に入って低下しており、ここしばらく大規模な火山噴火もない。いずれまた寒冷期が訪れないという保証もないのだ。江戸時代から今日まで、日本は40~50年サイクルで飢饉に見舞われている。直近の凶作は1992年。すると次は……。温暖化より寒冷化のほうが私は怖いな。

 地球温暖化懐疑論というと、武田邦彦のような右派が有名だけど、池田清彦もそうかもしれないが、広瀬隆とか、小出裕章*1などの左派でそれに加担する人も結構いるようだ。ちょっと調べてみたら、池田清彦と広瀬隆は、どちらも朝日の「AERA」で温暖化懐疑論を唱える記事を発表していた。……て最初に紹介した斎藤美奈子のコラムも「AERA」なわけで、えーと、朝日、「AERA」……大丈夫?!

池田清彦「池田清彦早大教授が「温暖化はいいことなのだ」と言う理由」「AERAデジタル」2014年3月17日(ただし「週刊朝日」の転載)
dot.asahi.com

広瀬隆「二酸化炭素温暖化説の嘘が警告する地球の危機」「AERAデジタル」2019年8月21日
dot.asahi.com

 私も気候変動については専門家でもなんでもないけど、広瀬隆の記事、文章を読む前に最初に載っているグラフを見ただけで、え?怪しすぎでしょ…と思った。
広瀬隆の記事にのっていた世界の気温上昇のグラフ
「気温は急上昇すると(温暖化論者は)騒いでいたが、(1998年以降は)上がらなくなって困っている」ということを示すグラフなのだが、この記事が掲載されたのが2019年なのに、なぜか、2008年までの値しかわからない2009年発表のデータを使っている。そこで、このグラフがソースとしている気象庁のサイトで現在のデータを観てみたのだが、予想通りだった。
気象庁 | 世界の年平均気温偏差(℃)
 上記サイトから、2025年までのデータをcsvでダウンロードして、広瀬氏のグラフと同じような形のグラフにしたのが↓である。
2025年までの世界の気温上昇のデータ。2009年以降上がり続けていることがわかる。
 基準値(直近30年の平均値)が上がっているというのと(いやそもそも基準値が上がっていることが何をかいわんや)おそらくデータの見直しで若干形が変わっているけど、要するに広瀬氏は、この(記事発表10以上年前の2008年までの)赤枠の部分だけを根拠に、上がっていないと言っていたのである。いや、「困る」のは広瀬氏の方では?…こんな小学生でもわかることをなぜ?……
 広瀬隆氏は、ユダヤ陰謀論にも加担しているそうで、ひどい話だが、左派から陰謀論ていうと、太田竜という人もいた。この人は、ユダヤ陰謀論から、人型爬虫類レプティリアンの支配とか、ほんとにヤバいところまでいってしまったらしい。
 斎藤美奈子氏の話にもどると、斎藤氏、前回紹介した2026年の東京新聞のコラムでは、流石に温暖化説そのものを全否定できなくなっているようではある。でもたぶん納得いってないから、「温暖化という「遠因」よりももっと大事なものがあるでしょう」みたいに言いたくなっているのではないかな。
 「左派の温暖化懐疑論」と「左派のコロナ軽視」は、なんか共通したものがあると思う。そして、感覚的にだけど、「コロナ軽視派の左派」の方が、「温暖化懐疑論派の左派」よりも多いような気がする。陰謀論といえば、最近ではコロナ周りこそ陰謀論の主要発生源なのに、なぜか、「コロナは大したことないのに政府がそれを口実に自由を制限しようとしたことのほうが問題」みたいな認識で平気でノーマスクの多くの左翼は、陰謀論の近くにいるのにその自覚がなさそうなのがヤバい、と私は思う。

*1:これも上記の方に教えてもらったが、小出氏は2022年に「二酸化炭素は地球上の生命体にとって必要なもの、植物は光合成によって二酸化炭素を取り込んで生き、植物が生きているから動物も生きられます。二酸化炭素を減らそうと活動している人たちもいますが、その考え方は間違っていると私は思います」などと言っている。 未来を生きるあなたへ | Table(タブル)-生協コープ自然派の情報メディア

「生活者から遊離した左はあかん」という説教を左がありがたがるという現象について

 斎藤美奈子氏の東京新聞「本音のコラム」、これはどうかと思った。
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遠因を取り除く努力は必要で、パリ協定を抜けたトランプ大統領などは言語道断だけれども、災害の原因を温暖化に押しつけるのは、風が吹いたので桶(おけ)屋が儲(もう)かりました式の報道にも思える。近因を減らす対策をしようよ先に。

 いや、「風が吹けば桶屋が儲かる」は荒唐無稽な因果関係の連鎖だけど、「温暖化で洪水」は、「風が吹けば埃が立つ」レベルの話でしょうが……。
 斎藤美奈子氏はコロナ初期にも、「交通事故より死者数が少ないコロナを恐れすぎではないか」みたいなことをいう森達也と対談して「コロナより自粛警察が怖い」みたいに言っていた。
sarutora.hatenablog.com
 これ、中立しぐさというより「庶民・生活者にとっては大きな問題より目の前の生活が大事」みたいなよく聞くあれではないかな?

「温暖化より観光開発が問題」
「コロナより自粛警察が怖い」
「コロナ対策より経済が大事」
「原発事故より電気が止まることの方が問題」
「戦争反対より物価上昇の方が大事」
……

 これが中立しぐさとむすびついて「左翼は地に足のついた庶民感覚から遊離してるからダメ」となる。ぱっと思いつくのは呉智英とか、糸井重里とか。最近だとなんかやたらもてはやされてる伊藤昌亮氏なんかもその流れではないかな。

リベラルは10年代に原発や特定秘密保護法、安倍政権による安保法制が不安だと主張していました。気候変動も含め、これらはリベラルによる不安パッケージといえます。(強調引用者)

とか言ってる。
digital.asahi.com

 最近では、7月31日に毎日新聞で「「空」の思想、「土」の思想 複眼的な視座で」というインタビュー記事が掲載されているが、ここで「空」の思想と言っているのは、地球温暖化に伴う気候変動の問題を最重要視し、温室効果ガスの排出削減による脱炭素社会の実現を目指すような「欧州の「緑の党」のようなグローバルなエコロジー政党」のこと。で、「土」の思想とは、土地や風土を重視し、森林や水源地の破壊、さらに日本の文化の根っこにあるコメをつくる田んぼにソーラーパネルを張り巡らすことは許されない、というような参政党の思想のこと。

──誤解を恐れずにあえてうかがいます。「農本主義」、さらに「右」は「悪いもの」なのでしょうか?

 と問うインタビュアー(いやこのインタビュアー氏も誤解の余地なくひどいけど)に対する伊藤氏の返答がまあ象徴的だ。

「弱い者いじめ」に通じる排外主義が問題なのは当然です。国家社会主義の末路は歴史が明らかにしています。それらが「悪いもの」であることは自明ですが、一方でここで紹介したいのは、作家で活動家の雨宮処凛さんの言葉です。彼女は「右」の運動とも「左」のそれとも関係があり、自身を「右翼」とも「左翼」とも位置づけていません。その彼女が言うには、「右」には直感性と包摂力があるそうです。どうにもならない境遇に追い込まれた若者に、一升瓶から酒を注いで語りかけるような肌感覚でしょうか。そういう要素が「左」には薄いと。左派がもっと意識しなければならない点もあるのかもしれません。(強調引用者)

mainichi.jp

 さらにそのたった2週間後(売れっ子ですね)には東京新聞でのインタビュー記事「なぜリベラル派は選挙で負け続けているのか 伊藤昌亮さんが指摘する「曖昧な弱者」の存在」では、こんなあからさまなことを言っている。

──リベラル側が護憲・反戦にこだわりすぎると見られることも問題だと指摘していますね。しかし、高市政権には、いざというときに戦争を止められない仕組みがつくられる危険性が指摘されています。左右の対立軸も大事ではないでしょうか
 護憲は戦後民主主義以来続く日本のリベラルの一つの核です。それを否定するものではありません。
 ただ、護憲・反戦のイデオロギーとは別の次元に、日々の生活の問題があります。リベラル側がここまで負けたのは経済政策にある、ということを忘れてはいけないと思います。左右の分断には出口がありません。人々の生活感情に即した視点から向こう側との回路をつくり、リベラル側に引き入れていく必要があると思います。(強調引用者)

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 「向こう側」って言うことで、「あくまでじぶんはこっちがわ(左側)ですよ」という身振りをしつつ、「視野を狭くせずに、立場の違う意見もちゃんと聞き入れる度量の広いわたくしを見習って、相手のいいところも取り入れないと負けてしまいますよ」と左翼にアドバイス。

 ヨシモト(興行じゃない方)ってそんなに読んでないけど、この辺の、「生活者から遊離した左はあかん」という説教を左がありがたがる、という流れの源流には、ヨシモトの「大衆の原像」とやらがあるのでは…と踏んでいる。

テレワークでサボることこそが抵抗

「テレワークと称して24時間不当労働をさせられても羊のように隷属している日本人の何と多いことでしょうか」と書いている左翼がいて、ちょっとがっかりしてしまった。
 今はむしろ、世界的に「出社回帰」とやらが進んでテレワークをやめる会社が増えている(「世界で広がる「出社回帰」がわかる記事10選」『日経新聞』2025年11月10日)。
www.nikkei.com

 これは、資本の側が「24時間不当労働をさせるのをやめることにしました」なわけがないのであって、もちろん「テレワークだと労働者がサボるから」でしかない。以下の記事(「在宅だと人は怠けるのか? 週5日出社を命じたアマゾンの「裏事情」」『朝日新聞』2025年3月23日)にはこうある。

www.asahi.com

経営者たちが出社を求めるのは、家だと人は怠けるという考えが根底にある。

 同じ記事には、出社強要に反対して会社と闘ったが解雇されてしまったヘイターさんという米アマゾン社の労働者が出てくる。

(ヘイターさんは)コロナで在宅勤務を経験して「別人に変わった」という。2人の娘と一緒に食事を取り、通勤のストレスからも解放された。同僚には小さな子を持つ親や病気の家族を介護する人もいた。「それぞれのライフスタイルに合わせやすく、多くの人にとって有益だった」と語る。
 出社勤務にはもう戻れなかった。アマゾンから週3日出勤の方針が示された時、ヘイターさんは「リモート擁護」という名のSNSチャンネルを立ち上げ、3万3千人以上の社員らが参加。出社強制に反対する嘆願書をつくり、抗議のための一斉退社も強行した。

 「抗議のための一斉退社」、これこそ、ストライキではないか。しかし、ヘイターさんは解雇されてしまった。

後悔はしていない。働き方を選ぶのは、生き方を選ぶこと。その権利を取り戻したかった。

 彼のこの言葉を聞いても、「テレワークを「させられている」労働者は羊のように隷属している」と言うのだろうか?
 実際、同記事によると、アマゾンは、テレワーク廃止を「安上がりなレイオフ」として使っている疑いがある。

 在宅勤務の魅力に目覚めた働き手は多く、出社を強制すると離職したり、人材を集めにくくなったりする。スタンフォード大のニコラス・ブルーム教授(経済学)は、それこそがアマゾンの狙いだったとみる。
 巣ごもり需要が膨らんで従業員を増やしたが、解雇となればコストがかかる。「出社の義務化で5~10%の従業員が自発的にやめることを期待した。これは安上がりなレイオフ(一時解雇)だ」

 「テレワークで24時間監視される」のは隷属だから、と出社したら、会社で管理されるだけだ。同記事にあるように、そもそも「オフィス」の起源は産業革命期の英国で、労働者を管理する目的で作られたのだ。

労働者が工場に集まったことで労務管理が必要となり、マネジャーたちの働く場所も工場に併設されるようになった。当時、人が集まることは効率化そのものだった。

 「テレワークでカメラによって24時間会社に監視される」みたいなイメージがあるのかもしれないが、会社にとっては、むしろオフィスに労働者を集めて相互監視させることのほうが都合がいいだろう。
 こちらの記事(「在宅勤務「生産性は高まらない」GMO代表が語る原則出社の真意」『朝日新聞』2026年7月22日)で紹介されている、テレワークをやめたGMOの代表の言葉は象徴的だ。
www.asahi.com

熊谷氏は、在宅勤務では「QOL(生活の質)は上がるが、事業としての生産性はトータルでは高まらない」との認識も示した。

「労働者を24時間管理できるから会社はテレワークをさせようとする」みたいな認識がいかに的外れかがわかる。会社は、生産性が下がるなら、「労働者のQOLを上げる(なんと素晴らしい!)」ことなどどうでもいいのだ。
 テレワークだと「コミュニケーション」がうまくとれない、というような欠点もよく挙げられる。左翼も、「団結」が好きなので、「テレワークだと労働者が分断される。対面コミュニケーションこそが人間的」みたいに思っている人も多いだろう。しかし、オフィスで長時間対面コミュニケーションを取っていたコロナ前も、労働組合の組織率はどんどん下がっていたし、労働者は団結などせず羊のように隷属していたではないか。「飲みにケーション」なんて、セクハラ・パワハラの温床でしかなく、そんな風習は左翼にとって粉砕の対象なはずだ。
 「左翼」による「テレワーク反対」「マスク強制反対」のような的外れなものの背景には、「健康」「健常」を前提とし、それを良しとする優生思想があると思う。あるいは「コンピュータ=管理」みたいなステレオタイプもあるのかもしれない。テレワークが悪いのではない。コンピュータが悪いのではない。資本主義が悪いのではないのか?
 ありもしない「テレワーク強制」に「抵抗」し、ありもしない「マスク強制」に「抵抗」しているつもりで、ノーマスクで満員電車で何時間もかけて出社「させられ」、感染症に罹患させ/させられ、コロナ後遺症になった「弱い」ものは都合よく淘汰される。「コロナは終わった。働け」という政府・経営側のプロパガンダを疑うことなく(コロナは「終わって」ませんよ!*1)、「政府はコロナ禍で不安を煽って自由を制限しようとしていた」のような的外れな認識で、「コロナ前」の状況に「戻る」ことをよしとすることのどこが左翼だろうか。
 「抵抗」というなら、テレワークでサボることこそが抵抗だし(そも「サボタージュ」の語源とは…)、会社の言う「生産性」なんぞ下げていくことこそ抵抗だ。左翼なら「布団の中から蜂起せよ」ではないか?

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排外主義の「当たり前」=「外国人は出ていけ、なぜなら外国人だから」

「良い外国人なら良い」なんて言ってるけど昨今の日本の空気は
「良い外国人も出てけ」となってるよね
https://x.com/Ellie_staygold/status/2091305175197860098?s=20

悪い日本人いっぱいいるのに
悪い日本人には出てけとは言わないのよね
https://x.com/Ellie_staygold/status/2091328671575613545?s=20

という、排外主義者を批判するもっともなX投稿に対して、以下のようなリプライがついていた。

当たり前では?
悪い日本人であろうが日本人である以上この国に住む権利を持ってる。
だってその悪い日本人の国でもあるから。
だから悪い日本人は出て行けなんて言えないのよ。
https://x.com/KAZU4tlif/status/2093329016585670913?s=20

(「悪い日本人は出ていけ」は)あかんに決まってるでしょ
悪い日本人でも日本人やから。
日本人はこの国に住み続ける権利持ってるの。
それを剥奪出来るわけないやろ。
それに追い出すってどこに追い出すんよ。
犯罪したから引き受けてって言って他国が引き受けてくれると思ってんの?
https://x.com/KAZU4tlif/status/2093437920199975321?s=20

 「日本人はこの国に住み続ける権利を持ってる」つまり、裏返せば「外国人はこの国に住み続ける権利を持っていない」。それは「当たり前」だ、と。
 というわけで、実は排外主義の根本にあるのは、「外国人は出ていけ。なぜなら悪いやつらだから」ですらなく「外国人は出ていけ。なぜなら外国人だから」なのだ。
 そんなの「当たり前」なわけないだろ、と思うかもしれないが、残念ながら、件のリプライをしたKAZU氏の言う通りこれは日本という国家システムの「当たり前」なのである。入管官僚だった池上務は、1965年の著書『法的地位200の質問』の中で、外国人*1は、国際法上の原則から言うと「煮て食おうと焼いて食おうと自由」と言った(167頁)。彼は同書で、その他

はじめから言っているように、外国人は自国以外の他国に住む『権利』はないのである。だからどんな理由をつけても(国際法上はその理由すらいらないとされている)追い出すことはできる。(69頁)

とか

何度も説明した通り、国家は外国人の入国・在留に関しては自由裁量権を持っている。(165頁)

などと繰り返し強調している。(池上努 著『法的地位200の質問』,京文社,1965. 国立国会図書館デジタルコレクション )
dl.ndl.go.jp
こうした考え方は、その後司法の場でも確認されることになった。それが、マクリーン事件だ。アメリカ人のロナルド・マクリーンは、1969年に日本に入国し、英語教師として働いていたが、翌年、英語教師としての在留期間の更新を入管に申請したところ、拒否され、出国を命じられた。マクリーンは在留期間更新不許可処分の取消しを求める行政訴訟を起こしたが、裁判の中で法務大臣は、不許可の理由としてベトナム反戦デモへの参加などの「政治活動への参加」をあげた。裁判は最高裁まで争われ、1978年、最高裁判所は「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は外国人在留制度の枠内で与えられているに過ぎない」とし、マクリーンは敗訴した。このマクリーン判決は、いまだに入管関係の裁判でしばしば引用され、入管の人権侵害にお墨付きを与える役割を果たしている。

 その意味で、排外主義の根本には「外国人は出ていけ、なぜなら外国人だから」という「当たり前」があるのであって、それに対して、「悪い外国人は一部の外国人。ほとんどの外国人は良い外国人で彼らがいなくなったら日本はやっていけないぞ」みたいなことを言っても意味がないし、それは良くない返しである。

 ていうのと、「統一教会は悪い」の理由が「なぜなら韓国の宗教だから」としか思えない「リベラル」の人もめずらしくなく、それでは同じ穴のムジナである。

*1:タイトルと発行年からわかるように、この本は、日韓法的地位協定(池上は参事官としてその策定に関わっていた)と協定永住について入管の立場で解説する本だ。だから、池上が「煮て食おうと焼いて食おうと自由」と言っているのは、在日朝鮮人、正確には「(協定)永住を許可されなかった者及び永住許可申請をしない者」のことだ。1965年当時、外国人登録者の中で「朝鮮」「韓国」籍は、87.8%で、当時「外国人」とはほぼ在日朝鮮人のことだったのだ。

姥捨山コメントの大合唱

案の定、リプライには「延命を望んだ家族はアホ・迷惑」という姥捨山コメントの大合唱↓

もう延命医療はいらんわ…全部自費のみで受けさせればええよ

やはり80歳を越えたら元気なうちに人生の終着駅を設定する事を義務化していくべきだと思います。
家族の思いではなく、本人の意思が尊重される世の中になって欲しいですね。
「死は忌むべきもの」ではなく、誰にでも訪れ受け入れるべきものという考えに変えていくべきです。

↑こういう、ネオリベ優生思想を「死生観がどうの」みたいな現代文明批判にすり替えるのがほんとに多い。高山義浩
https://twilog.togetter.com/sarutora/search?word=高山

とか阿南英明
https://twilog.togetter.com/sarutora/search?keyword=阿南&keyword_compound_type=1
とか

どんな年齢でも、どこでも、誰でも手厚い保障を続けた末路ですね。
こうした日本の甘々な認識は改善しない気がします

↑「どんな年齢でも、どこでも、誰でも手厚い保障」の何が悪いのか?「末路」っていうけどだいたいそんなもの全然実現してないし……。「甘えるな○ね」と言えばリアリストをきどれると思ってる

95歳の患者さんとお医者様
がいい迷惑ですよね。

70歳以上で心臓が止まったら、それは「寿命」なんですよ。心肺蘇生なんてしなくていい。

↑95の話がいつの間にか70に下がってる。藤子・F・不二雄の漫画「定年退食」(NHKでドラマ化もされている。主演の加藤茶の演技がすばらしかった)を思い出した。>

藤子・F・不二雄の漫画「定年退食」(NHKでドラマ化されている。主演の加藤茶の演技がすばらしかった)を思い出した。未来の日本で首相がテレビ演説するシーン。年金食料医療その他一切の国家による保障を打ち切る年齢を73歳に大幅に引き下げる発表をするのだ。
藤子・F・不二雄「定年退食」
<未来の日本で首相がテレビ演説するシーン。年金食料医療その他一切の国家による保障を打ち切る年齢を73歳に大幅に引き下げる発表をするのだ。