1985年のガチなチュウ

 http://d.hatena.ne.jp/zarudora/20070313/1173810219で紹介した過去恥部なのだが、やっぱりもうちょっと他の部分ものせることにする。ところで、左翼と右翼には、サヨ、ウヨという蔑称(愛称?)があるが、中道(のつもりの人)に、それに対応する呼称がないのは不公平ではないか(と中道的立場から提案)。というわけで、私の周りにいっぱいいたような気がするガチなチュウの一人であった友人Nとの20年前(1985年)の会話である*1

「おれはね、アパルトヘイトというのも、一面ではしかたないと思うよ。まそりゃ人種差別はいけないとは思うよ。でも、実際現地で暴動とかおこるとさ、何の関係もない人に迷惑がかかるわけだろ。そりゃまずいと思うな。どうしてもっと冷静にできないの?」
 こんな話がはじまったのは、夜中の3時ごろだったかね。場所は西武新宿線沿線の○○にあるやつの下宿。
「だが、冷静にしている段階で、実際に黒人たちが、何千、何万人も殺されているわけだろう」と俺は言った。
「ま、南アの暴動はまだいいよ。しかし、アメリカでもデモやったバカなやつらがいただろう。アメリカで暴動が起こって、傷つく人がいたら、その人はまったく関係のない人だろう。そんな関係ない人を傷つけるようなことするやつらは、南アへ行ってやるべきじゃないの?」
「しかし、アメリカで行動をおこさなければ、アメリカ人の大部分は、南アでいったいどういうひどいことが行われているか、知らないまますごすことになるわけじゃないか。そりゃまずいだろ。」俺はだんだんイライラしてきた。
「それにしてもどうしてもっとおとなしくできないの? 自分たちの信念をつらぬくためには多少の犠牲もしかたない、という考えはねえ……。」
 こんな問答がもう少し続いたかどうかは忘れたが、ついにおれは本格的に腹がたってきてこういった。
「あのね。この話はそろそろやめにしない? 俺の考え方ときみの考え方は根本的に違うわけで、これ以上話してもむだだよ。それとも本当におれとおまえの友情に亀裂を生じさせてもいいわけ?」
 今から考えても明らかにおれのほうの分が悪いこの提案は、彼によってあっさりと拒否された。「本当の理解を求めなきゃ」といふわけだ。彼は全く冷静である。俺のほうは、こういう話になると、本気で怒りがこみあげてくるたちなのだった。それに完璧な反論ができない自分自身への怒りもまざる。しかし、冷静さをうしなった誰が完璧な反論を行うことができるのだろう?
彼は、「反社会的」という概念をもちだしてきた。権力は、悪い面もたくさんもっているが、社会を円滑に進めるためには必要なものなのだ、と彼。そして彼は、俺に忠告をはじめた。
「あのね、きみに忠告するけど、俺には君のいいたいこともよくわかるんだけど、そういう反社会的な考え方をもっていると、結局世間の人から孤立するよ。社会から孤立していきていくっていうのはたいへんだぜ。俺は君のことを思うからいうわけだけど。」
俺はいった。
「……いいんじゃない?別に社会から孤立したって。」
少しの沈黙の後、彼はこういった。
「あのさ、前から思ってるんだけど、君はすごく自尊心が強いだろう。俺もそうだけど、特に君は自尊心が強いね。それで、それをたえず表に出してるだろう。そういう態度がすごく気にさわる人っていうのもいるわけ。それは絶対損だよ。」*2

 と、こうつながるわけであった。それにしても、痛すぎるよ、俺……(笑)とはいえ今でもあまり進歩してないかも。こういう「論争」向いてないよな、とまた落ち込んでしまうね。「完璧な反論」って……プ

*1:まあいいんだけど、厨(房)と重なっちゃうな。なんかいいのないもんか。

*2:この後あまりに痛い私の発言が続くがそこはカット。