「ニッポンは素晴らしい」

 また、サルトルか、と思う方もいるだろう。が、また、サルトルである。あしからず。とはいえ、サルトルのこの辺のものを掘り起こすのもおそらくここぐらいだろうとも思う(それはそれである意味絶望的なことでもあるのだが)ので、まあいいだろう。
 今回のサルトルは、1957年のサルトルである。1957年5月*1サルトル主宰の『現代』誌135号に掲載され、その後、論文集『シチュアシオン V』に再録された「みなさんは素晴らしい」という文章である(«Vous êtes formidables», dans Situations, V [«Colonialisme et néocolonialisme»], Gallimard, 1964. /二宮敬訳「みなさんは素晴らしい」『シチュアシオン V』(サルトル全集第31巻)所収、人文書院、1965年*2)。
60年前に書かれたこの文章、正直、「え?これ、今のニッポンのことを書いたんじゃ?!」としか思えない文章である。……いやあんた、サルトルについて書くときそんなことばっかり言ってるね?と思う人もおられることだろう。ええ、まあそうなんじゃが、だってそうなんだから仕方ない! というわけで、もう解説は要らない。たんたんとサルトルの文章を紹介するだけで十分と思われる。

召集兵の証言

 サルトルはこの文章を、発行されたばかりのあるパンフレットを紹介するために書いた。彼は、最初その書評文を、「ル・モンド」に発表しようとした*3が、掲載を拒否されたので、自分が主宰する『現代』誌に載せたのである。
 そのパンフレット、とは、1954年にはじまったアルジェリア戦争での、フランス軍による戦争犯罪を告発する、召集兵たちの証言集、『召集兵の証言』(精神的抵抗委員会編)である*4

 掠奪、レイプ、一般住民に加えられる報復行為、裁判抜きの処刑、自白や情報を得るための拷問、彼らは何一つ隠さず、彼らの目の前でおこなわれた犯罪のすべてを告発している。(Situations V, p.57.邦訳42ページ(サルトルからの引用は邦訳を使用するが、原文を参照して一部語句の変更などを行った。〔 〕内は引用者による補足。))

 周知のように(て全然周知のことではないけど)、1959年に初演されたサルトルの戯曲『アルトナの幽閉者』の主人公は、アルジェリアで拷問を行い、帰国してからPTSDに苦しんだ元兵士がモデルである(アルジェリア戦争は第二次大戦に置き換えられているが)。
 この、読み進めるのが苦痛であるほどの証言集を、サルトルはフランス人全員が読むように勧める。なぜなら「フランスは高熱に冒され、脱力状態となり、古めかしい栄光の夢想と汚辱の予感にとりつかれて、逃げることも解き明かすこともできぬ捉えどころのない悪夢のなかにもがいている(p.58.邦訳43ページ)」からである。いやまさに、「フランス」を「ニッポン」に置き換えてそのまま成り立つ文章ではあるまいか。

デモラリザシオン

 さて、フランス語でモラルといえば、「道徳la morale」と、「気力、士気le moral」という二つがある。後者の意味から来たデモラリザシオンdémoralisationという言葉は、「士気喪失」という意味になる。戦争は、悲惨なものであり、悪いものである。戦争のそうした面を見てしまうと、人は当然、「戦争をやる気=士気(モラル)」がなくなる。だから、戦争を進めたい人々は、戦争の悪い面(良い面なんてないけどね)をはっきり見させる行為を警戒し、「士気壊乱行為だ!」と言って非難する。しかしサルトルは、フランスが、別の意味で「士気壊乱(デモラリザシオン)行為」の犠牲となっている、と言う。それは一つには「道徳(モラル)の破壊」という意味であり、もう一つは、「戦争をやめる気力(モラル)の破壊」という意味である。
まず、出発点には、フランス軍アルジェリアで行っている犯罪行為がある。それによって、フランスの為政者たちは、フランスにいるフランス人の中にも「社会的有罪性を外部から投げ入れる(p.58.邦訳43ページ)」。しかし、フランス人は、この犯罪の共犯者でもある。

 われわれは選挙をおこなって権限を委任しているのであり、いわばこの委任を取り消すこともできるのである。世論の波は内閣を崩壊させるのである。したがって、われわれの名においておこなわれている犯罪について、われわれひとりひとりは共犯の罪を逃れることはできない。なぜならば、われわれはこうした犯罪を停止させる力を持っているはずだからである。(p.58.邦訳43ページ)

ニセの無知=永遠の嘘

といっても、さすがの「われわれ」だって、目の前で子供が拷問されていて、その悲鳴が聞こえてきたら、さすがに、それをやめさせるだろう(つまり犯罪を停止させる力を行使するだろう)、とサルトルは言う。となると、犯罪を続けたい為政者たちの次なる作戦は、いかに「われわれ」に悲鳴を聞かせないようにするか、ということになる。問題は、この「見させない、聞かせない」の作戦に、「われわれ」自身がよろこんで乗っかっちゃってる、てことだね。ようするに「見ざる、聞かざる」なんだ、ほんとうは。サルトルは「ニセの無知 fausse ignorance」という言葉をつかっている。……これ、まんま、つねのさん(中島みゆき)の「永遠の嘘」だね。こうして「われわれ」は、犯罪をやめさせる気力を(自ら)失っていく。

 われわれの勇気を挫くものは、シニスムでもなければ憎しみでもない。それはわれわれに対してそのなかに生きるべく押しつけられたニセの無知、われわれ自身がそれを打ち破らぬように手を貸しているニセの無知にほかならない。(p.59.邦訳44ページ)

諧調と船上パーティー

この「犯罪をやめる(やめさせる)気力」を喪失させる作戦の重要な実行機関は、報道機関である。

 「フェラガ〔アルジェリアの抗仏パルチザン〕」たちがヨーロッパ人の一家を殺害したとすると、大新聞はこと細かにこれを報道し、段損された死体の写真まで掲載する。ところが逆に、イスラム教徒の一弁護士がフランス人の拷問に対して自殺以外の救いを見出せなかったとすると、この事件はわれわれの感受性を傷つけないようにわずか三行で片づけられてしまうのである。隠蔽し、ごまかし、嘘をつくこと。これがフランス本土の報道関係者の義務なのだ。唯一の犯罪とはわれわれの平安を乱すことだ、というわけであろう。(p.59.邦訳44ページ)

これも、いまのニッポンでもあるあるだ。サルトルは、アルジェ大学法学部長、ジャーク・ペルガの例をあげる。1957年3月、彼は、当時の国防大臣あてに、フランス軍による残虐行為を告発する書簡を送り、こうした行為はナチスと同じだ、と書いた。この書簡の一部が週刊誌「フランス・オプセルヴァトゥール」に公表されると、文部大臣は突然彼を解任した。

 ペルガ氏はこれをまざまざと見せつけられた。同氏が報じた事件を否定しようなどと考えるものは、アルジェリアにはひとりもいない。彼らは同氏がそれをわれわれ本国の人間に知らせたことを非難しているのである。われわれはフランス本国の人間だ、殺気立ったヨーロッパ系住民の見守るアルジェの街頭で、フランス兵が手当たり次第に殺戮をおこなったところで、それはわれわれの知ったことではない。アフリカの赤裸な真実はわれわれのデリケートな脳味噌には強すぎる酒だ、本国がこの酒を飲んで酔いつぶれでもしたら、いったいアルジェリアの入植者(コロン)たちはどういうことになるか、というのである。落ち着き、これこそわれわれに必要なものだ、安静療法と何かの気晴しが必要だ、というのである。(p.59.邦訳44ページ)

ああ、これも見たことがありすぎる光景ではないか? この国でも、「諧調」を乱し、「混乱を引き起こす」ものは、たとえ誰でも知っている本当のことを言ったとしても、極悪人でしかない。「王様は裸だ!」てやつだ。鼻血を描いた漫画原作者がどれだけ叩かれたかは記憶に新しい。で、その一方で、「粛々と」死刑は執行され、野宿者は排除され、基地建設工事は強行される。Romanceさんの言う「船上パーティー」だ。

首斬りどもの旗

 ルイ十六世の死以後、すべて善良なフランス人はみなしごになってしまった。モレ政府〔社会党のギー・モレ率いる連立内閣。1956年2月〜1957年5月〕はわがブルジョワ階級のこの慰めようのない悲しみを理解し、その悲しみを共にわかつ。政府はあらゆる犠牲をもものともせず、三日間にわたってイギリスの女王をフランスの王座にすえた〔1957年4月のエリザベス女王フランス訪問のこと〕。楽しいわねえ!素敵だなあ!知らないもの同士が話しかけ、手を取り合い、彼らはファランドールを踊った。しかしアルジェリアでは、根性のある連中が自分の仕事を続けていた。首斬りどもに祭日はない。ときどきラジオがわれわれの恍惚とした嘆息を彼らに向かって吐き出した。そこで彼らは思った「やつらも女王さまのこ入来で、きっとおれたちを放っといてくれるだろう」と。女王さまはお帰りあそばし、ウインザーでご休息になっている。愛情で気もそぞろになったフランスは、どっと床についた。政府は爪先でそっと歩いている。「眠りを妨げてはならないぞ」。(p.59-60.邦訳45ページ)

↓ギー・モレ

ああ、皇室アルバム!日本はフランスとは違って隣国から呼んでこなくてもよい。毎年ベランダにお出ましになる。「楽しいわねえ!素敵だなあ!」そこではためくのは……首斬りどもの旗ではないか。いや、彼ら自身が首斬りそのものではないか。なんとも倒錯した船上パーティーだ。

良心的な人々の「役割」

 しかし、もしわれわれの誰かが目を覚まし、看護人に問いただそうものなら、政府はたちまち新手のごまかしを持ち出し、あっという間に保護委員会をでっちあげる。責任の重荷をわれわれの肩からおろすのが、ほかならないそのお役目なのである。「職権濫用だって? 一つや二つはね、たぶん。戦争にはつきものだよ。いったい君は何を気にしているんだ? アルジェから遠く離れた君にわかるはずがない。保護委員会を信用したまえ。われわれは良心的な人格者で構成するつもりだ。この委員たちに君の不安を伝えたまえ、ちゃんと現地へ持っていってくれるよ。そして君は眠っていたまえ」。(p.60.邦訳45ページ)

詳しい説明は注にゆずるが*5、上の引用箇所に出てくる「保護委員会」とは、「個人の権利と自由を保護する委員会Commission permanente de sauvegarde des droits et libertés individuels」という正式名称だが、アルジェリアでのフランス軍や現地警察による拷問について調査する調査団だった。しかしこれは、モレ政権が世論のガス抜きのために作った、最初から何の効力もないことが明らかな代物だった。と言ってもサルトルは、この「保護委員」が役に立たない、と言って非難しているのではない。むしろ、彼らは、「(戦争を止める)役に立たない」ことによって、「責任の重荷をわれわれの肩からおろす」という役割を果たしている、ということを指摘しているのだ。
それにしても、「戦争にはつきものだよ」って言う人、いるね!「いったい君は何を気にしているんだ? 原子力の専門家を信用したまえ」みたいな人、いるね!

選択的無知

サルトルは、「無知な」われわれが、「眠らされている」というような考え方はとらない。「われわれ」の「無知」は、まさに「選択的無知」なのであって、われわれは無罪ではない、と断言する。

 もしわれわれが眠れるものなら、そして何も知らずにいられるものなら! もしわれわれが沈黙の壁によってアルジェリアから隔てられているのだったら! もしわれわれがほんとうに騙されているのだったら──そのとき、外国の人びとはわれわれの知能を疑うかもしれないが、われわれの無罪は疑いようもないだろうに。
 われわれは無罪ではない、汚れているのだ。われわれの良心は乱された〔トゥルブレ〕のではない、しかしそれは濁っている〔トゥルブル〕のだ。指導者たちはそれを良く承知しており、われわれがそういう状態にあることを好ましいと考えているのである。彼らがその慎重な配慮や見え透いた手心によって獲得したがっているものは何かといえば、それは見せかけの無知に隠れたわれわれの共犯なのである。

「見せかけの無知に隠れたわれわれの共犯」!……そろそろ膝を叩きすぎて膝と手が痛くなってきたが、次のところは、「慰安婦」問題や、南京大虐殺について、もう何度聞いたかわからないような「意見」のオンパレードだ。

 拷問についてはすべての人がそのうわさを耳にしている。大新聞にもとにかくその片鱗は洩れているし、発行部数の少ない誠実な新聞は幾つかの証言を掲載した。パンフレットが頒布され、兵士たちは帰国して話をする。ところがまさにこれがモラル=気力の破壊者たちdémoralisateurの役に立っているのである。なぜならば、すべては社会の厚みのなかで行方不明となり鋭さを失ってしまうからだ。伝えられた話のために道を切り拓いてやる必要がある。ところがその道ははたと跡絶え、話は死んでしまうのだ。大部分のフランス人はこうした新聞やパンフレットを読んだことはないし、また読む機会も持ってはいない。彼らはこういうものを読んでいる人を知っているにすぎない。またわれわれの多くは応召軍人の話を直接聞いたことは一度もない。どこかの軍人が言っているということを人から聞かされているにすぎない。口から耳へと伝えられ、公けには否定されているこういう間接的な遠い証言は、広まってゆく間にだんだん信用を失ってしまうのだ。《士気壊乱活動》がわれわれを待ちかまえているのはこの段階なのだし、悲しいことに、われわれもまたこの段階にやってくる自分自身を待ちかまえているのである。いったいそんな噂話がどうして信じられるか? 資料はどこにある? どこに証人がいるというんだ? 確信しているなどと言い張るやつらは、あらかじめそう思いこんでいたからなんだ。それは可能性があることを頭から否定できないのはもちろんさ……。しかし確実なことがわかるまでは待つべきだし、判断をくだすべきじゃないね。というわけで、人びとは判断を控える。と同時に確実なことを知ろうともしないのである。(p.61.邦訳45-46ページ)

「いったいそんな噂話がどうして信じられるか? 資料はどこにある? どこに証人がいるというんだ? 確信しているなどと言い張るやつらは、あらかじめそう思いこんでいたからなんだ。それは可能性があることを頭から否定できないのはもちろんさ……。しかし確実なことがわかるまでは待つべきだし、判断をくだすべきじゃないね」あるあるあるある!「というわけで、人びとは判断を控える。と同時に確実なことを知ろうともしないのである」あるあるあ…あ、いま膝がぬけた!

 問題の証拠書類を入手しようと試みるやいなや、ガラス張りのわが社会は人跡未踏の密林と化してしまうのだ。はるか彼方から太鼓(タムタム)の響きがかすかに伝わってくるが、近づこうとしても同じ場所を堂堂めぐりということになってしまうのだ。第一、他人の苦労まで背負いこまなくとも、身辺に煩わしいことがたくさんあるではないか。一日中働きどおし、日常のあれやこれやの面倒を勤め先で味わって来たものに向かって、晩になったらアラブ関係の情報を集めうなどとは言えたものではない。そしてこれこそわれわれの嘘の始まりなのである。モラル=気力の破壊者たちはこうなればただ腕をこまねいていればいい。われわれが自ら破壊作業を完遂してしまうからだ。何もかもが実生活の苦労のせいにされてしまうが、だからといってそのせいで夕食後新聞を読めなかったなどという例は未だかつてない。人は一般的・普遍的なことに注意を向け批評することによって、個別的なことから気を紛らせる。その日の午下がりにぐっとこらえた怒りを、人は夕食後の腹ごなしの義憤や甘い涙によって忘れ去るのである。(p.61-62.邦訳46ページ)

あるあるあるあ(以下略) 

DJノアンの「われわれは素晴らしい」

次の箇所では、サルトルのこの文章が書かれた半年ほど前の1956年10月23日に起こった、ハンガリー事件*6が問題となっている。ハンガリーの民衆蜂起をソ連軍が弾圧したこの事件では、数千人の市民が殺され、20万人が難民となり国外へ逃亡した。当時、フランスでは、ハンガリー難民に対する義捐金や救援物資の募集キャンペーンがメディアを通じて盛んに行われていたようだ。下の箇所に出てくるジャン・ノアンとは、当時人気だった放送作家・司会者で、サルトルのこの文章のタイトル「みなさんはすばらしい」とは、このジャン・ノアンのラジオ番組のタイトルだったのである*7
↓ジャン・ノアン

サルトルは、当時のフランス人が、この(ソ連軍の犠牲者である)難民たちには、極めて高い関心を示したことと、フランス軍アルジェリアでの犯罪の犠牲者に対するあまりに小さな関心を対比するのである。

 新聞はわれわれに諂(へつら)い、おれは善人なんだとわれわれに思いこませようとするし、ラジオやテレビは五フランの義捐金募集の番組に「みなさんは素晴しい」と銘打つ。するとわれわれは、ただそれだけでポルト・ド・サン=トゥアンからポルト・ディタリーまで〔北海道から沖縄まで、のフランス語での言い方らしい〕つっ走るのである。しかしわれわれは無罪でないのと同じく、素晴しくなぞありはしない。立派な人びとからなる幻の世界とは、要するに「フランス・ソワール〔フランスの保守系日刊紙〕」の読者の世界にほかならない。小型のルノー*8に使い古しのマットレスを積みあげて、ジャン・ノアンとやらの足もとまで運んで行って投げおろすことのできるわれわれが、フランスの真相を自ら調査することを拒否するのはなぜかと言えば、それはわれわれがこわがっているからだ。自分のほんとうの素顔を見るのが恐ろしいからなのだ。(p.62.邦訳46-47ページ)

最近のテレビ番組、書籍などにおける「ニッポンすばらしい!」「絆!」等々の氾濫を見ると、これまた思い当たる節がいろいろあるが、次行こう。

絶対安全地帯

ここに嘘が、そしてその嘘に対する言い逃れが生まれる。そうだとも、われわれには証拠がないんだ、だから何一つ信じられはしない、というわけである。しかもその証拠を、われわれは求めようとしない。というのは、不本意ながらわれわれは知っているからである。モラル=気力の破壊者たちが求めていたものは何か? それこそこのこと以外の何ものでもないのである。十分言いわけのできる無知、しだいに赦しがたいものとなり、われわれを日に日に堕落させ、われわれが有罪の宣告をくだすべき連中にわれわれを近づける無知。彼らとまったく瓜二つになったとき、われわれは「人間はみな兄弟だ!」と叫び、彼らの腕のなかに飛びこむことだろう。(p.62-63.邦訳47ページ)

「われわれには証拠がないんだ……しかもその証拠を、われわれは求めようとしない」あるあるあ(略)
次の箇所では、前出の「保護委員会」がまた出てくる。ここからも教訓が得られる。先にも述べたが、「保護委員会」のような「良心的な人格者」「リベラルな人々」などは、「戦争をやめる」ために役に立つことはない。彼らは、「責任の重荷をわれわれの肩からおろす」ために、「われわれが戦争をやめないですむために」役に立っているのだ。

 われわれの第二の嘘はちゃんとお膳立てができている。罠は保護委員会だ。これを信頼できたらどんなによいことか! だがわれわれがたとえ望んだとしても、どうやったらまんまと騙してもらえるだろうか? アルジェリア全土にわたつて犯罪と殺戮が広がっているのに、今さら委員会とは何ごとだ? アルジェの委員会にいったい誰がカビリアで起こったことを知らせるのか? いったい誰が委員会に諮問するのか? 何を諮問するというのか? 委員会は人間の権利を厳そかに再宣言するつもりなのだろうか? そんなことは誰だって承知している。〔アルジェリア駐在相〕ラコスト氏だって承知のことだ。人権を再確認させるのが目的だというのなら、委員会にその目的を達成できるなどと本気で考えているものがいったいありえようか? 現地駐在の政府代表に不法行為をやめさせる力がないというのに、何人かの顧問をつけてやればそれができるようになるとでも思っているのだろうか? 政府代表に不正を抑える力があり、また抑える意志があるのだとしたら、顧問など必要ないではないか? 逆にもしその意志がないのだとしたら、顧問の意見などを採りあげるはずがあるまい? いや、そりゃこういうことさ。政府のジェスチュアというわけさ。〔首相〕モレ氏は「衝撃を受けた」と言明し、真相の究明を望むと言っているぜ。この言葉を信じたってわれわれの罪にはならない。人間の言葉なら信ずるのが当然なんだから。しかし信じなければ信じないでなおさらわれわれに罪はない。モレ氏の言葉は疑ってかかるのが当然なんだからな。委員会が非の打ちどころのない人びとで構成されるだろうということはわかっているが、その委員会が手も足も出せないだろうということもわれわれにはわかっている。彼ら委員諸氏が清廉潔白だということで、われわれはその力のないことを見逃してしまうのだ。かくしてわれわれは政府を信頼していないくせに、政府がわれわれの疑惑を一掃してくれることを期待しているのである。(p.63-64.邦訳47-48ページ)

「人間(政府)の言葉なら信ずるのが当然なんだから。しかし信じなければ信じないでなおさらわれわれに罪はない。」という、なんと絶対安全地帯的な立場であることか! ここで思い出したのが、堀井憲一郎の文章だ。「政府も東電も「他者」ではない」と題された文章で、彼は、自分は「『お上は本来ちゃんとやってくれるもの』という幻想を」持っていない、と言いながら……がゆえに、なんと「何を信じるかというと、政府の発表だけである。また、東京電力の会見をのみ聞いて、その情報だけをもとに行動規範とする、ということである*9」という立場に着地するのだ。(堀井憲一郎『いつだって大変な時代』、講談社現代新書、2011年

妖怪どっちもどっち

次の箇所は、いわば、例の「妖怪どっちもどっち」のサンプル集となっている。サルトルはその背景にある「われわれ」の「うしろめたさ」を指摘する。

 われわれは罪に汚れている、二重の罪に。われわれは早くも、自分が漠たる不安の虜となっていると感じている。それはまだ恐怖そのものではなく、恐怖がすぐそばにあるという予感、それを正面から見つめることができず、また見つめることを望まないだけにいっそう恐ろしく思える恐怖の予感だ。そして突然、目を抉るような稲妻が走る、「もしほんとうだったら? 」それを除けば依然すばらしい。とはいうもののすでにうろんくさくなっているのだ。実際誰もがその隣人を疑い、隣人から疑われないかとびくびくしているのだ。アルジェリア問題の解決策については、意見が違ってもお互いに尊敬し合う友人でありえた。しかし、いい加減な死刑執行となるとどうか? 拷問はどうか? こういうことを是認する人間に対して友情を抱き続けられるものだろうか? 皆が口を閉ざし、口を閉ざした隣人を眺め、そして自問自答する、「やつは何を知ってるんだろう? どう考えているんだろう? 何を忘れることに決めたんだろう? 」《同じ立場》の仲間同士以外だと、人びとは口を開くことを恐れる。今おれに握手した男は犯罪を是としているんではあるまいか、こいつは何も言わないが、何も言わないということは認めているということだぞ。だが、このおれだって何も言いはしない。かえってこの男のほうがおれの無気力を咎めているんだとしたら、いったいどうする? 疑惑はわれわれに新しい孤独を教えこむ。人を軽蔑しなくてはならなくなりはせぬかという恐れ、人から軽蔑されるのではないかという恐れが、われわれを同胞から引き離してしまう。もっともこの二つの恐れは同じものなのである。なぜならばわれわれは一つ穴の貉だからであり、人の意見を問いただすのを恐れているのは、その返事が自分の堕落をさらけだす危険があるからなのだ。もしかりに誰かが、一刻も早く不安から脱け出ようとして、われわれに向かって静かにこう呟いたとする、「それじゃフェラガ〔抗仏パルチザン〕はどうなんです、ねえ? あの連中は残虐行為をしなかったとでもいうんですかねえ? 」するとたちまちわれわれは、恐怖と拒絶と沈黙がわれわれを〔目には目を式の〕反坐法の生きている野蛮な時代に逆もどりさせ突き落としてしまったことを悟るのだ。要するにフランス人は(おそらくモレ氏を除いて)うしろめたい気持にとりつかれているのである。そしてこのうしろめたさがわれわれを罪人にしてしまうのである。われわれのずたずたに引き裂かれた精神、われわれが心のなかで演ずる隠れんぼ、芯を細くした薄暗い良心のランプ、この痛ましい自己欺瞞、こんなものがわれわれの救いになると思ってはならない。それは深層に及んだ風解の徴しと知るべきなのだ。われわれは沈みつつある。すでにわれわれは裁かれていることを知って憤激し、この怒りがわれわれをいっそう深く共犯の淵に沈める。「アメリカにはしゃべる権利はないそ! やつらが黒人を扱うようなやりかたをおれたちがしてるかってんだ!……」。なるほどそのとおり、アメリカには口を出す権利はない。植民地を持たないスウェーデンにしてもそうだ。誰にもそんな権利はありはしない。しかしわれわれはどうなのか。われわれには発言する義務があるのだ。ところがそのわれわれが発言しないのである。(p.64-65.邦訳48-49ページ)

「それじゃ○○はどうなんです、ねえ? あの連中は残虐行為をしなかったとでもいうんですかねえ? 」「アメリカにはしゃべる権利はないそ! やつらが黒人を扱うようなやりかたをおれたちがしてるかってんだ!」あるあるあ(略)。

今からでも間に合う

さて、というわけで、長々紹介してきたサルトルの文章、あとはエンディングである。もうやけくそ。解説なしに載せておこう。

 何人かの誠実勇敢な報道関係者は、毎日毎週自分の知っていることを語ってくれるが、当局は彼らをその職から追おうとしたり投獄したりしようとし、彼らの声は広まらない。昨年の十一月、まるで大オルガンのように鳴り響いたあの高潔な大合唱は、いったいどうなってしまったのか? それというのも、あの頃われわれはまだ素晴しかったからなのだ。われわれは清浄潔白なわが口から憤激の叫びをあげ、ソヴィエト軍ハンガリー介入を──当然のことながら──弾劾した。しかし君たちあの大合唱に加わった人びとよ、君たちは崇高な怒りの轟きのうちにこう約束したのではなかったろうか? われわれのことについてもまたすべてを言うことにしよう、と。というわけは君たちは知っているからなのだ。君たちには知らないという言いわけすら残されてはいないのだ。記録や証拠を君たちは知っている。そして現在、このわれわれ自身が裁かれる立場におかれているのだ。われわれこそ知る必要があり、信ずる必要があるのだ。君たちはこのわれわれを悪夢から解放し、恥辱から救うことができるのだ。君たちは沈黙を守っているが、それは計算違いというものだ。十一月の大騒ぎよりも今日の沈黙によって裁かれることを恐れたまえ。
 なぜわたしはこんなことを言うのか? なぜならば輪はまさに閉じられようとしており、やがてわれわれは忌しむべき罠に追いこまれ、不幸にもわれわれ自身が告発し有罪を宣告した一つの立場に追いこまれようとしているからである。見せかけの無邪気、逃亡、自己欺瞞、孤独、沈黙、拒否しながら受け入れる共犯関係、これこそわれわれが一九四五年に集団責任と呼んだものなのだ。当時ドイツ国民は、強制収容所の存在を知らなかったと主張することは許されなかった。「冗談じゃないよ! あいつらは万事承知していたのさ!」とわれわれは言ったものだ。そしてそれは正しかった、彼らはすべてを知っていたのである。そして今日になってやっとわれわれは理解できるようになった。なぜならばわれわれもまたすべてを知っているからだ。大部分のドイツ人はダッハウもブッヒェンヴァルトも〔いずれもナチス強制収容所〕見たことはなかったが、しかし彼らの知り合いのなかには、鉄条網を垣間見たりどこかの省庁で機密のカードを繰ったりしたことのある人を知っている人びとがいたのである。彼らもわれわれと同じようにこうした情報は怪しいと考え、口をつぐみ、お互いに警戒し合っていたのである。われわれは現在でもこのドイツ人たちに有罪を言い渡す勇気があるだろうか? これでもまだわれわれは自分を赦すことができるだろうか? われわれの名において子供たちが拷問にかけられ、しかもわれわれは沈黙を守っているということを世界の人びとに忘れさせるには、いったいどれほどのマットレスコンコルド広場に運びこんだらよかろうか?
 フランス崩壊の企てを挫折させるには今からでも間に合う。この無責任な責任の悪循環、この罪深い無実、知っている無知の罠は、今からでも打ちくだくことができるのである。真相を直視しようではないか。そうすればわれわれひとりひとりが、おこなわれた犯罪を公然と弾劾するか、それとも万事承知のうえでその罪の責任を負うか、いずれかに決めることを迫られるであろう。そのためにわたしは、この応召兵士のパンフレットに読者の注意を喚起する必要があると考えたのである。これこそ明白な事実、これこそ戦傑すべきわれわれの姿なのだ。これをわれわれから毟り取り踏みつぶすことなしに、この姿を見ることはできないであろう。(p.65-67.邦訳49-51ページ)

「今からでも間に合う。この無責任な責任の悪循環、この罪深い無実、知っている無知の罠は、今からでも打ちくだくことができる」……そう、結局またいつものように、サルトルテラ豚丼なのだった。

*1:邦訳では3月になっているが、誤り。

*2:『シチュアシオン V』の諸論文の一部は、『植民地の問題』人文書院、2000年に再録されているが、残念ながらこの素晴らしい「みなさんは素晴らしい」は、再録されていない。

*3:サルトルの文章では「ある日刊紙」となっている。

*4:このパンフレットは、原書出版の翌年には、鈴木道彦、二宮敬らによる翻訳がきっちり出ている(鈴木道彦、二宮敬、小林善彦訳『大陽の影──アルジェリア出征兵士の手記』、青木書店、1958年)。このへんはやはりすごいことだと思う。

*5:工事中。鈴木道彦、二宮敬、小林善彦訳『大陽の影──アルジェリア出征兵士の手記』、青木書店、1958年、237-241ページ、他参照。

*6:このとき、サルトルは、即座にソ連を非難し、1957年1月には、ハンガリー事件ついて「スターリンの亡霊」という長大な論文を発表している(『シチュアシオン VII』所収)。サルトルは、自分は1952年以来の親ソ的立場をこのとき転換させたのだ、と後年言っているのだが、自分で言っているほどそうでもなく、相変わらず親ソであり続けた、という見方をする人もいる。

*7:ed. M. Contat et M. Rybalka, Les écrits de Sartre, Gallimard, 1970, p.310.

*8:原文は「la 4 CV」

*9:この直前には「五十歳を超えているから、ということもあり、こういうとき、私は愚者の道を選ぶ。/つまり思考するのを停止したほうがいい、ということだ。」という文がある。