1946年に発表されたサルトルの『ユダヤ人問題についての考察』(邦訳は安堂信也訳『ユダヤ人』(岩波新書))で、サルトルはこう書いています。
われわれのうちでひとりとして全く責任のないもの、犯罪者でないものはいない。ナチスが流したユダヤ人の血は、われわれすべての頭にふりかかってくるのである。(p.168)
黒人作家のリチャード・ライトが最近、言っている。「合衆国には、黒人問題など存在しない。あるのは白人問題だ」と。これと同様に、われわれは、反ユダヤ主義は、ユダヤ人の問題ではない、われわれの問題であると言うことが出来よう。われわれは、その罪を負っているばかりでなく、その犠牲者でもあるのだから、それがなによりも、われわれに関係の深い事柄であることがわからないとすれば、余程の無理解と言われなければならない。(p.187)
さて、先日、本屋で、平台においてあったある本の表紙が目にはいりました。そこにおおきく書いてあった書名は『台湾問題は日本問題』でした。
たしかにそのとおりです。それはもちろん、ライトやサルトルが言うような意味においてです。
すなわち、台湾征服戦争において、また日本による植民地統治下での抗日運動の弾圧において虐殺された、台湾の漢民族、先住民たちの血は、あるいは、日本の軍人・軍属として「徴用」され、死亡した台湾人たちの血は、われわれすべての頭にふりかかってくるのであるということ。そして、現在の台湾の状況も、われわれに関係の深い事柄なのであり、台湾問題は、「台湾人の問題」ではない、われわれの問題である、と*1。
で、本を手にとり、著者名を見ると、そこには「岡崎久彦」とあります。強烈にいやな予感がしつつ、なにげなくオビに書いてある文章(本文からの抜粋)を読んで、あぜんとしました。
そこにはこのように書いてあったのです(まさか買うわけにいかないので、記憶にしたがって書き写してますが、こまかいところは別として、ほぼこのとおりの文章です)
冷戦が終わった現在、ヨーロッパで大戦が起こる可能性はほとんどない。
中東はまだ不安定だが、しょせんは地域紛争である。
アジアでもっとも危険なのは朝鮮半島である。最悪の場合百万の人的被害が生じるおそれもある。しかしこれも本質的には地域紛争であり戦火が朝鮮半島の外に拡大する可能性はない。
現在、大国間の紛争に発展する可能性がもっとも高いのは台湾海峡の緊張である。
台湾海峡の平和さえ維持されれば、局地戦以外は、21世紀は平和の世紀となるだろう。(強調はzarudora)
リチャード・ライトやサルトルの「○○問題はわれわれの問題である」とは、「われわれは世界につねにすでに足をつっこんでいるのであり、したがって、われわれは○○問題にも関係を(責任を)持っている」という意味です。あるいは、「局地」などないのであり、「台湾の緊張」は「日本の平和」と切り離して考えられない(その逆も)、つまり世界システムの中でしか理解できない、という意味です。さらには、id:Romanceさんの言い方を借りれば、「船上パーティ」をしているつもりの「われわれ」は、実は「地上」いるのだ、という意味です(→http://d.hatena.ne.jp/Romance/20080614#p1)。しかるに岡崎某によると、この表現は、似てはいてもまったく違った意味になるのです。つまり、「世界のどっかでアラブ人や朝鮮人が百万人死のうが関係ないからしったこっちゃねえ。しかし、台湾問題だけはわれわれ「大国」に迷惑がかかるから、足をつっこむべきなのだ」というわけです。台湾からは、船の上に水がかかってきて船上パーティが邪魔されるから、大変だぞ、と。「平和ボケ」ってこういうことを言うんではないでしょうか。いや、この人の場合「平和」をとったたんなる(ry
最近テレビはあまり見ないけれど、昔、イラク戦争についてアホウなことを偉そうに言うこの男のすがたがしばしば目に入って、とてもいやだったことを思い出します。しかし、Wikipediaを見てみると、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E4%B9%85%E5%BD%A6 彼の人間の小ささがうかがえて悲しくなってきました。
というわけで、まあ「しょせん」この程度のくだらない男の言うことにいちいちめくじらを立てるのもばかばかしいのかもしれませんがね。
ちなみに、この人「国際情勢判断の大家」ですってよ>やねごんさん。まさに「へーこくくさいじん」のみほんみたいなひとっすね。
あわせてお読みください↓
http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20080821#p1
http://d.hatena.ne.jp/zarudora/20080311/1205245437
- 作者: J‐P.サルトル,Jean‐Paul Sartre,安堂信也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1956/01/16
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