ウィシュマさんの死は「医療事故」ではなく「殺人事件」


 ウィシュマさん死亡後に名古屋入管に常勤医師として勤務することになった医師のドキュメンタリー。この医師の着任によって名古屋入管の医療体制が改善されはじめているかのような印象を与える演出になっている。
 しかし、ウィシュマさんはじめ入管での死亡事件の原因は「医療体制の不備」などではない。この番組に出てくる医師(間渕測文医師)は、ウィシュマさんの死亡を「医療事故」とか「事案」と言っているが、それは、「事故」や「事案」ではない。意図的な医療放置であり、殺人事件である。
 間渕医師は、着任後、救急車が来てから病院に着くまでの間に最低限の救急救命治療ができるような医療資材や薬品を入管に準備させたという。これをもって医療体制の改善だというのだろうか。しかしそもそも入管は、危険な状態になった被収容者のために救急車を呼ばないどころか、支援者が呼んだ救急車を門前で追い返すということを何度もやっている。救急車が来た後の準備などより、そもそも救急車が来ないことこそが問題ではないか。
 また間渕医師は、「医療知識がほとんどないような人たち(現場の職員)が、ウィシュマさん喋っているから大丈夫とか、その程度の知識でやっていた(ことが問題だった)」などと言っている。

 「診療体制は3年間で大きく変わっている」と言う現在の名古屋入管局長市村信之に至っては、3年前にはなかったという「職員心得」なるものをポンポンと指で示しながら、「人権と尊厳を尊重し礼節を保つ」が最上位の「心」だ、と得意げに語る。

 しかし、ウィシュマさんの死亡は、現場の職員の「知識」の問題でもないし、ましてや現場の職員の「心」の問題などでは断じてない。現場の職員は、病院に連れて行ってと懇願するウィシュマさんに「ボスに言うけど、連れて行ってあげたいけど、私はパワー(権力)がないから」と言っていたではないか。

 ウィシュマさんは、入管という組織の方針に基づく医療放置によって死亡した。2019年の大村入管でのナイジェリア人死亡の後、当時の入管庁長官佐々木聖子は「迅速な送還によって(つまり仮放免や在特や難民認定によってではなく、ということ)長期収容を解消する」と言う方針の継続を宣言している。

 まさにその「方針」こそが、長期収容を生み出し、ウィシュマさんらの死を引き起こした根本的な原因なのである。

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 ところで、この番組に出てくる間渕医師、しょっちゅう顎マスクになっている(診察室の中でさえ)が、診察中には一貫してマスクの下の紐がダランとたれた状態。マスクの下部が密着していないことは明らか。

 それどころか、診察室でノーマスクのシーンもあった。外部病院に運ばれた被収容者を診察しているところだが、間淵医師と外部病院の医師2人ともノーマスク。その場にいる他の人、被収容者、看護師などは全員ちゃんとマスクをつけていた。