革命の原点

 最近TVはほとんど見ないのだが、先日たまたまNHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」というのを見た。今更なのかもしれないが、なんだかな、という内容だった。タイトルは「毛沢東 革命と独裁」、「毛沢東の革命の原点と独裁への道のりを見つめる」というのだが、結局は毛沢東がいかにとんでもない独裁者だったかを強調して終わり*1。「革命の原点」はどこにも描かれていなかった。あるいは「革命の原点は独裁だった」とか、「革命独裁」と言いたいのだろう。
 イントロは、毛沢東の秘書だったが後に追放され文革の時期は投獄されていた李鋭の日記が死後アメリカの大学に収蔵されたが、妻が突然所有権を主張し返還をもとめ裁判を起こした事件の説明。返還要求の背後には中国政府の意向が働いているのではないかというわけだ。「毛沢東は暴力的な大衆運動を高度に発展させ、闘争に明け暮れた。完全に自由・民主・科学・法治、という普遍的価値に反する」という李鋭の日記の一節の朗読。そして、現在中国で毛沢東崇拝が復活しつつあり、習近平が自分を毛沢東に重ね合わせていることへの警戒感を煽る。
 一応前半では革命家毛沢東を描き、後半では、独裁者となっていった毛沢東を描く、というような構成になっていた。ただ、前半の革命家の部分の描写は薄く、番組の力点は、後半の独裁者の部分に置かれていた。45分番組の時間配分を見ても、イントロの5分を除けば、初登場が1921年の中国共産党結成で、1949年中華人民共和国が成立し56歳で毛沢東が権力をにぎるまでは10分程度。全体の3分の1もない。
 ちなみに、藤子不二雄Ⓐが1970〜71年に執筆した名作『劇画毛沢東伝』のラストシーンは1949年の中華人民共和国成立の場面。その意味では、『劇画毛沢東伝』は革命を描き独裁を描いていないが「映像の世紀」は逆に独裁を描き革命を描いていないとも言える。ただし、藤子は、後にそのことを自覚し、2003年に同書が復刊されたときのあとがきでこう書いている。

 毛沢東の一生は、中華人民共和国の建国までと、それ以後の二期に分けられると思う。
 ぼくが描いたのはその前期である。この間は毛沢東にとって、波乱と苦難に満ちた時期ではあったが、”中華人民共和国の建国”という大きな夢とロマンがあった。そして、その頃の毛沢東はパワーあふれる革命の戦士であると同時に、志の高いロマンチスト、ヒューマニストでもあったと思う。しかし、建国後の毛沢東は、7億の人民を統治する大指導者として、ロマンを捨てた国家内闘争の道へと進まなければならなかった。文化大革命など、その最たるものだろう。ここに毛沢東の悲劇を見る。しかし、いずれにせよ毛沢東は今世紀、最大のヒーローには違いないだろう。*2

 一方、「映像の世紀」の前半部分で、革命の理念や、革命家としての毛沢東の魅力の描写は薄い。ネガティブなイメージは冒頭からで、1921年の中国共産党結成の際、他のメンバーはみなインテリだったが、垢抜けない目立たない存在だった、とし「毛沢東は破れた布靴と荒布の上着を着ていた」「彼のマルクス主義に関する理解は乏しく田舎臭さが抜けない」などという共産党創立メンバーの言葉が紹介されている。しかし、毛沢東は湖南省の師範学校を卒業しており、恩師のつてで北京の図書館で短期間働いた後、故郷に帰って教員をしていたのであり、中国共産党結成のころは校長をしていたはずだ。ナレーションとはだいぶ印象が違う。確かに北京の図書館時代は田舎者と馬鹿にされていたようだが、番組では当時の毛沢東がなぜ共産党結成に参加したかという背景は一切描かれないので、視聴者は「馬鹿にされていた冴えない田舎者のインテリへの敵視が暴力的な大衆運動につながった」という見方に誘導される。
 前半で毛沢東のポジティブな部分として描かれているのは、軍事戦略家として優れていた所、ぐらいかもしれない。「毛沢東は長征の過程で軍事指導者として頭角をあらわした」などと言われる。そして、1936年延安で毛沢東と出会ったエドガー・スノーによる著作によって毛沢東は世界に知られるようになり、「人々は革命のロマンチシズムを抱いた」と。しかし、結局「革命の原点」が描かれていないため、ここで言われている「ロマン」も、藤子不二雄Ⓐが言う高い志に裏付けられた「ロマン」ではなく、革命の負の側面を覆い隠す、現実離れした空想・理想、というニュアンスを感じさせるものになっている。
 長征終了の後、1937年の7月7日、盧溝橋事件を機に日本は日中全面戦争に突入し、中国への侵略戦争を本格化さた。しかし「映像の世紀」では、日中戦争に関する描写はほとんどなかった(もちろん意外性はないが)*3。日中戦争については「このころ日本軍が中国に軍事侵攻してくると共産党と国民党は手を結び共通の敵と闘った」「農民を組織した毛沢東はゲリラ線を展開した」「地の利を活かし強力な日本軍に抵抗し続けた」という説明のみ。日本軍を丘の上から襲う八路軍の映像が挟まれるのだが、そのBGMはおどろおどろしいものだ。言うまでもないが、日本軍は日中戦争において、約20万人が殺された南京大虐殺の他、重慶などの都市の空爆で市民を虐殺し、また抗日ゲリラに対する掃討作戦の中で、殺しつくし、奪いつくし、焼きつくす、という「三光作戦」により、殺人、略奪、暴行などをほしいままにした。その中で七三一部隊による人体実験や生体解剖が行われ、化学兵器や細菌兵器も用いられた。殺された1000万人以上の中国人の大多数は農民だ。全体的に、この番組では日本と中国の関わりがほとんど描かれない。
 番組ではその後、延安に日本軍と戦いたい若者(その中に李鋭もいた)が続々と集まってくる、という描写。このころの李鋭は毛沢東を尊敬していたという。ここでは、最初はインテリに馬鹿にされていた冴えない若者だったはずの毛沢東が「文学の素養があり識字率が低い当時の人々の尊敬を集めた」とか「字が上手く人民日報の題字が毛沢東のものだった」などと言われている。結局、この番組で、軍人として優れていたという点以外で毛沢東の長所として描かれているのはこれだけかもしれない。
 そして、1945年の日本敗戦。番組では日本軍の「降伏式」の映像が流れ、国共内戦の描写に移っていく。「国民党軍を倒すための秘策は農民の支持を集めることだった」「共産党は地主に虐げられてきた農民を組織し地主を批判する集会を各地で開いた」とナレーション。映像は、後ろ手で縛られた弱々しく見える地主が、屈強な農民たちに囲まれて罵倒され、小突かれている場面。その他、「地主の持つ土地を奪い農民に分け与えた。これを「土地改革」と呼んだ」などというナレーションもあったが、これでは、まるで地主は「奪われる」側であるようだ。つまり、この番組では「暴力的な大衆運動」は印象的に描写されるのだが、一方、気の遠くなるほど長い間農民を虐げていた地主の暴力が描かれることはない。ここが『劇画毛沢東伝』と根本的に違うところだ。以下のシーンはマルクス主義を知る以前の毛沢東が地主の暴力を目の当たりにして怒りを燃やすシーンだが、「革命の原点」というならこれこそがそうだろう。しかしそれは「映像の世紀」では全く描かれない。

藤子不二雄A『劇画毛沢東伝』(小学館藤子不二雄Aデジタルコレクション、18頁)
藤子不二雄A『劇画毛沢東伝』(小学館藤子不二雄Aデジタルコレクション、18頁)
藤子不二雄A『劇画毛沢東伝』(小学館藤子不二雄Aデジタルコレクション、28頁)
藤子不二雄A『劇画毛沢東伝』(小学館藤子不二雄Aデジタルコレクション、28頁)

 
 そして、1949年に共産党は国民党に勝利し、中華人民共和国が成立する。人民解放軍が北京に無血入城するカラー映像が流れるが、これはソ連の協力で後に撮影されたヤラセだった、という説明がわざわざ入る。毛沢東は当初穏健な政権運営を行っていたが次第に過激な独裁者となっていく、という描写。1950年代後半は反右派闘争で共産党を批判した知識人を追放。労働者が、共産党批判した大学教授を糾弾する集会の映像。「右派のレッテルを貼られたものは55万人」「知識人や共産党以外の民主派は口を閉ざし共産党にひたすら追随するようになった」とのナレーション。うなだれて手が震えている知識人、手錠をかけられ鉄格子の向こうの建物に入れられる男たちの映像。
 番組冒頭で出てきた李鋭が毛沢東の秘書となったのはこのころ(1958年)。彼は中南海に出入りを許されるようになる。番組では、当時を回想する李鋭の肉声が流れる。彼は、毛沢東ら党幹部が、超高級料理である「熊の掌」などを食べて贅沢な生活を送っていたのを目撃したという。「毛沢東は長征時代からずっと特別待遇だった」。熊の掌の調理の映像が流れるが、これはどう考えても参考映像だがその説明はむろん無い。
 そして、大躍進政策、その失敗の後の失脚、文化大革命での復権、という流れ。文革の時代、毛沢東思想の波は国境を超え、変革を求める先進国の若者の心を捉えた、というシーンの最後に流れるのが、日本の70年安保の映像と、坂本龍一の「千のナイフ」の冒頭で流れる(ヴォコーダーを通した)毛沢東の詩の朗読。「毛沢東ブームは日本のミュージシャンにも及んでいた」と。しかし「千のナイフ」の発表は毛沢東の死と文革の終結より後の1978年なのだが。その後は、「しかし世界は文革の実態について知らなかった」というナレーションに続いて、「暴力的な大衆運動」の映像の連続。
 番組の最後は、再び近年の中国での毛沢東ブームと習近平の毛沢東再評価について。そして李鋭をめぐる裁判についてだ。李鋭は2019年101歳で死去するが、その葬儀をNHKのクルーが取材しようとする。しかし、中国政府の関係者らしき人に葬儀場に入ることを拒否され、乱暴な言葉で追い返される映像が流れる。これにはまったく呆れてしまった。2019年といえば、安倍晋三の街頭演説でヤジを飛ばした市民が警察に排除された年だが、NHKはといえば、岩田明子という解説委員をはじめ、アベノミクスとやらの実態のない「ロマン」を煽り立てながら、安倍晋三を異様なほど持ち上げていた時期だったはずだ。
 番組視聴後、Xで検索して評判を覗いてみたが、予想通り「NHKにしては良かった」のような高評価のコメントが多かった。ナチスやヒトラーのネガティブな描写には必ず出てくる例のもの、すなわち「毛沢東はいいこともした」のようなコメントは見つけることはできなかった。

*1:以前「映像の世紀バタフライエフェクト」のビリー・ホリデーの回も観たが、こちらは良かったと思う。

*2:この後「最後にこの「劇画 毛沢東伝」復刻版に解説を書いてくださった呉智英氏に感謝します。」との謝辞がある。出た!また呉智英か…。私が読んだkindle版にはその解説は収録されていないのだが、まあ読まなくてもだいたいどんなことが書いてあるか予想がつく。

*3:ただ、これに関しては『劇画毛沢東伝』も同じ、いやもっとひどく、日中戦争の描写は一切ない。