『プラネテス』のポリティカ その1

 幸村誠の『プラネテス』(講談社モーニングKC)、数年前高評価をあちこちで見かけて、そのうち読もうと思っていたのだが、半月ほど前、やっと読んだ。まず第一巻を読んで、「なるほど高評価もうなずける、たしかに面白いし上手い」と思った。で、続けて一気に第4巻まで読んだのだが、最終的な感想としては……うーん、面白いんだけど、ちょっとひっかかるものが最後までのこったのもまた事実。というわけで、マンガ自体の批判というより、私が感じた「ひっかかり」が何だったかを書いてみようと思う。

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 『プラネテス』の主人公は、宇宙のゴミ(デブリ)の回収業者。時代は2070年代。第一巻は、様々なエピソードが描かれる連作短編に近い雰囲気。宇宙を舞台にしているけれど、いわゆるSFというより、宇宙ゴミの回収業という仕事の日常を「リアリティ」豊かに描き、それに関わる個性的な回収船クルーたちの人物像を描く、ヒューマンドラマ、という感じ。第二巻以降は、次第に主人公ハチマキのテツガク的苦悩みたいなものが前面に出てくると共に、人類初の木星調査計画をめぐる長編ストーリー的な側面も出てくる(ハチマキは結局デブリ回収業を辞めて木星調査船に乗り込む)。
 さて、まず第一巻第3話「ささやかなる一服を星あかりのもとで」のストーリーを紹介する。このエピソードには、月面基地などで爆弾テロを繰り返す「宇宙防衛戦線」が登場する。テロを報じるニュースを見ながら、回収船クルーのちょっとインテリぽいユーリは、この「テロ集団」について主人公ハチマキこう「解説」*1する。

はじめは単なる宇宙自然環境の保護団体だったんだけど、最近は「宇宙における人類の構築物を全て破壊する」のが活動内容だな。利害の対立する宇宙企業同士がライバルの攻撃に利用してるなんて話もある

 それを聞いたハチマキの反応は「ふーん 爆破するんか 悪いやっちゃなー」というもので(二人は将棋をさしながらテレビを見ている)つまり主人公たち宇宙ゴミ回収業者は最初この団体の活動についてほとんど無関心である。だが、彼らはこの団体が引き起こそうとした大きなテロ未遂事件に偶然まきこまれる。彼らが回収しようとした故障した通信衛星は、実はデブリに見せかけたミサイルで、宇宙防衛戦線は、このミサイルを宇宙ステーションに激突させ、それをきっかけに無数の宇宙ゴミを増殖させることで(ケスラー・シンドローム)地球と宇宙を断絶しようとしていたのだった。宇宙防衛戦線のスポークスマン?は、「犯行声明」で、石油の代替エネルギーを宇宙にもとめた人類を批判してこう言う。

有限なエネルギーの上に文明を築き 破壊しつつ拡がってゆく我々の性質になんら変わりはない(……)今こそ人類は 傷だらけの月を前に 驕慢と搾取の歴史を改めなければならないのだ 我々「宇宙防衛戦線」は声なき星々の代弁者だ そして今日は人類の宇宙空間からの撤退を記念する日となるだろう(p120)

 「戦線」という団体名とか、「搾取」という言葉使い、演説口調は、サヨク的なもののカリカチュアであろうが、その「思想」の内容は、単なるナイーブな文明批判としてしか描かれていない。
 ところで、このテロ計画は、デブリ回収船の女性クルー、フィーの機転によって未然に防がれる。しかし、フィーの行動の動機は、人類をテロリストから救うというようなものではなく、単にタバコが吸えなかった個人的恨みをはらしたかった、というだけのものだった。宇宙防衛戦線は怪しまれないように喫煙室に爆弾をしかけるのだが、フィーがタバコを吸おうとして行った喫煙室には、たまたまいつも爆弾がしかけられていて、そのため彼女は何度も喫煙を妨害されたからである(このエピソードでは、いわゆる禁煙ファシズム的なものへの揶揄も描かれている)。
 このように、「宇宙防衛戦線」という団体としての「キャラクター」は、ある意味で、ショッカーやバイキンマンと大差ないマヌケな敵役としてしか描かれていない。結局、えらそうな大義を掲げているが単なる「はた迷惑」な存在でしかないのである。そのテロ計画も、一個人の機転によってあっけなく潰えてしまう程度のものであった。彼らの幼稚な「大義」などよりも、タバコが吸える自由、労働者にとってのささやかな一服の楽しみの方がよっぽど大切なんだ、というわけである。
 おそらく、グリーンピースなどの直接行動や、またニュース報道やハリウッド映画に描かれる「国際テロリスト」のイメージを適当に混ぜ合わせて作られた「キャラクター」であろう。こうした「テロリスト」像、あるいは左翼や運動といったもののイメージは、それこそハリウッド映画を初めとして氾濫しており、それほどめずらしくはない。といってもこれはあくまでエンターテインメント作品におけるデフォルメされた架空キャラクターであり、苦笑はしたものの、それ自体とやかく言うつもりはもちろんない。ただやはり、現代において「運動」のイメージはこの辺がデフォルトなんだろうな、ということは感じた。
 さて、「宇宙防衛戦線」は、最初はおそらくこの一エピソードのためだけに作り出された「キャラクター」だったのだと思うが、後に作者は何度かこの団体を登場させるのである。(つづく)

*1:掲示板とかの「ものしりさん」風でもある。